2025年度 集英社出版四賞 贈賞式 選考委員講評と受賞者の言葉
2025年12月26日更新
2025年度 集英社出版四賞 贈賞式 選考委員講評と受賞者の言葉
2025年11月某日、本年度集英社出版四賞の贈賞式が執り行われました。
今回も多くの関係者の方々がお祝いに駆けつけてくださり、和やかかつ賑やかな会となりました。
各賞の選考委員による講評と、それを受けての受賞者の挨拶を、一部抜粋してお届けいたします。
第38回 柴田錬三郎賞
受賞作 松井今朝子さん『一場の夢と消え』文藝春秋刊
選考委員代表 桐野夏生さん
講評 桐野夏生さん
「日本のシェークスピアと呼ばれる近松門左衛門を題材にした本作について、大変ご苦労された執筆だったと担当編集者の方から伺った。資料が多く残されていたとしても、それが正確なものかどうか本当のところはわからず、しかも作家の生涯というものは書きにくい。ご苦労がおありだったことは想像に難くないが、それでも古典芸能の大家であられる松井さんがどうして? と不思議にも感じた」
選考委員代表の桐野夏生さんは、まずこうした疑問を口にすることで、松井今朝子さんの知識や経験に深く敬意を表されました。
「松井さんが長く師事されていた演出家・武智鉄二さんのことを書かれた『師父の遺言』を拝読した。その中に、松井さんは古典芸能に関わりの深い世界に生まれて、近松門左衛門の作品を上映していた近松座にも携わってこられたことが具体的に書かれていた。そんな松井さんが近松を知らないわけはない。逆に、松井さんに蓄積されてきた知識や考えが、もしかすると邪魔をしたのではないかとも思った。小説は想像力を羽ばたかせねばならないが、それを自由に羽ばたかせるには、何も知らない方が良い時もある。松井さんは、深い知識を持ちつつ、想像力を羽ばたかせるという難事に果敢に取り組み、見事に乗り越えられた。だからこそのご苦労だったのではないか、と改めて感じ入った」
厳しい芸事の世界にあって、自分は名馬ではなく伯楽である、と繰り返し謙遜されてきた松井さんが「一場」の儚さに込めたタイトルの意味にも触れ、今後の執筆活動にもより一層大きな期待を寄せられました。
受賞者の言葉 松井今朝子さん

桐野夏生さんの講評に恐縮しながらも謝辞を述べ、松井今朝子さんは近松座で座付き作者をしていた経験について語られました。
「いろいろ制約はあるがどうしても守らなければならないのは時間。3幕で2時間半にまとめてくださいと言われれば何度も何度もシミュレーションをして書き上げるのだが、あるプロデューサーにこれでは絶対収まらない、と言われたことがあった。そんなはずはないと啖呵を切って、総浚という総稽古で1分と違わずぴたっと収まった瞬間に、やった!という喜びと同時に自分はこの世界のプロになれたと思った」と当時を懐かしく振り返られ、「それから20年ほど経ってひょんなことから小説を書き始めたが、覚悟もあまりなく、プロになった!と自分で自分にGOを出すことができないままでいた。そんなことを考えながら書き続け、悩んでもきたが、今回このような賞をいただいて先生方からGOを出していただけたようで、本当にほっとして嬉しくありがたい」と、晴れやかな表情で感謝を表されました。
第49回 すばる文学賞
受賞作 更地郊さん『粉瘤』
選考委員代表 岸本佐知子さん
講評 岸本佐知子さん
今回の選考会で印象的だった点について、岸本佐知子さんは候補者5人が全員30歳前後であったことを挙げ、「年齢=失われた30年だった世代。円安はガンガン進み、物価はどんどん上がり、なのに実質賃金はどんどん下がり。そして震災があり、津波があり、コロナがあり、最近では熊の被害まで、そんな踏んだり蹴ったりのこの国の有様を見て育ち、作品にもそうした社会を映している…と簡単に言ってはいけないが、どの作品にも我々が感じている閉塞感が表れているように思えた」と、いずれも読み応えのある作品であったことを振り返られました。
そして受賞作に対しては「この主人公も八方塞がり感では負けていない。パニック障害になって失職し、失業手当と傷病手当を受給し、メルカリで本を売ったりポイ活で小銭を稼いだり大学の同級生に格闘ゲームのコーチングをしたりとなんとか暮らしているが、故郷の大分に<都落ち>することは決まっている。そんな状況なのに、語り口に自嘲や自虐の色がない。作品全体に飄々とした得体の知れない強さがあった」と筆致の魅力を述べ、「物語の終盤で、主人公はある事件をきっかけに高校生二人組と対峙することになるが、彼らは社会にささやかなテロ行為を仕掛ける。そこに使う小道具がとてもアナログで、バーチャルの世界に明け暮れている大人たちを尻目に、若者がネットの外で何かやろうとしているということに新鮮な衝撃を受けた」とディティールの秀逸さについても賛辞を贈り、さらなる創作の引き出しに期待を寄せながら激励の言葉に代えられました。
受賞の言葉 更地郊さん

更地郊さんは「胸に花をつけ、金屏風の前でスピーチするのは初めて」と緊張感を漂わせながら、挨拶の冒頭でプロフィールや素顔を明かしていないことについて「ご不便をおかけしています」とお詫び。「<粉瘤息子>などと奇をてらったタイトルを付けたにもかかわらず、自分のことには保守的で申し訳ありません」と自身の出立ちについても飄々と言及しつつ会場の空気を和ませ、関わってきたすべての方々へ感謝を伝えられました。
また、「受賞が決まり、雑誌に作品が掲載されても、いまだに作家という肩書きに釈然としない」と不安を口にしつつも、「良い小説とは、読んだ人の人生の足場になり、照らしてくれるようなものだと考えている。自分も今まで読んできた作品が素晴らしかったからこそここに立っている」と小説への思いを述べられ、今後は書き手として執筆活動に邁進することを誓われました。
第38回 小説すばる新人賞
受賞作 平石さなぎさん『ギアを上げた日』
選考委員代表 辻村深月さん
講評 辻村深月さん
今回の候補作はすべて設定が全く異なるものでありながら、どの作品にも楽しむ読者の存在が感じられたと、選考の水準の高さをまず述べられた辻村深月さん。その中でも平石さなぎさんの作品は「読み始めてすぐ、世界観にたちまち引きこまれた」と破格の評価であったことを明かされました。作品の魅力を選考委員の皆が認め、世に出ることを前提としたうえで「もっとよいタイトルがあるのではないか?」と作品をよりよい形で送り出すにはどうしたらよいかが議論になったそう。
主人公は宗教二世と転校生という、いずれも複雑な家庭の事情を抱えた二人の少女だが「私たち大人が虐待や束縛という言葉で事象として捉えてしまうものも、あくまで子どもの目線から日々の営みとして描かれている点が見事。だからこそ、その日常の平穏がひとたび破られたときに、それまでの平坦な文章が急に氷の刃に変わる。この描き方ができるのは並大抵の筆力ではない」と確かな筆致について言及したあと、「作中に出てくる宗教団体の教典の中に、幸福を表す<永遠の顔をした短い季節>という言葉がある。読みながら幾度となくこの言葉が痛切に蘇ってきて、幸せとは何か考えさせられる。ぜひ多くの読者にラストシーンを見届けて欲しい」と作品への思いと共に今後のご活躍に期待を寄せられました。
受賞の言葉 平石さなぎさん

「初めて小説を書いたのは8年前の二十歳のときで、当時は楽しい楽しいばかりだったが、応募しても一次選考にも引っ掛からず鼻をへし折られたのが小説すばる新人賞だった」と苦笑しつつ、晴れてこのたびの受賞の喜びを述べられた平石さなぎさん。
選考委員の辻村深月さんの熱のこもった講評に謝辞を述べ、「子供の頃に見上げてきた大人の大きさや強さと、今自分自身が大人になって感じる大人の弱さに向き合うような時間だった」と受賞作の執筆について振り返られ、翌日から単行本の初稿ゲラの作業が始まることを「贅沢な修行が始まる」と形容しつつも「今日は最後の休養と思って楽しみたい」と笑顔を見せ、会場は温かい拍手に包まれました。
第23回 開高健ノンフィクション賞
受賞作 小松由佳さん『シリアの家族』
選考委員代表 姜尚中さん
講評 姜尚中さん
姜尚中さんは講評を始められる前に、まず小松さんの二人のご子息をご紹介されました。そして開高健の言葉を引いて、「ノンフィクションは当時者の第一次的な体験、足と腹と骨と血で体験したものをどうやって文学的な方法で昇華できるか。これはなかなか難しいことだが、世界広しといえども子連れで戦場を歩いた人はあまりいないのではないか」とカメラマンであり、妻でも母でもある小松さんの過酷な取材を労い、「アラブの春から始まった激動の時代を活写しながら、同時にシリアの家族を描き出している。国破れて山河ありではなく、国破れて家族ありであった。山河がなくても家族がある。日本の社会にあっては核家族化が進むことに生きづらさを感じもするが、このシリアの家族は70人の大家族で、小松さんはその中の十二男坊とご結婚され、子供が生まれ、シリアからトルコ、ヨーロッパ、そしてドーバー海峡を渡ってイギリスと越境しながらこの作品を書き上げられた」と、無二の体験とそれを描き切る筆力を称えられました。
「○○ファーストという恥知らずな言葉が跋扈している時代に、人が移動できるということ。陣取り合戦をするのではなく、人々が国境を越えて自由に行き来することが素晴らしい。ぜひとも皆さんに読んでいただきたい」と、熱いエールで締め括られました。
受賞の言葉 小松由佳さん

華やかな晴れ着で登壇なさった小松由佳さんは、二人のご子息が最前列に座って式典に参加していることに触れ、「シリアを子連れで取材してきて、様々な困難な日々があった中で今日という日を迎えることができて、大変感慨深いものがある」と噛み締められました。
「アラブの格言に<故郷とは人間の持ちうる最良のものである>という言葉がある。アラブ社会において故郷とは生まれた場所をさすだけのものではない。大家族が暮らす広く深い親族コミュニティの中で人間が生きていくこと、自分が生かされ、そしてこれからも生きていくだろう、そうしたかけがえのない場所が故郷であり、その故郷を失ったシリアの人々がふるさとを追われ、難民となり、その先でどのように生きようとしてきたのか、それを描いたのが『シリアの家族』である」
昨年12月のアサド政権の突然の崩壊によって、執筆は当初想定していたものとは違う波乱の展開となりながら、夫であるシリア人のラドワンさんの故郷パルミラが戦場になり、暮らしを奪われ、難民になり、10年以上に渡って家族の一員として見てきたものが込められた作品であることを明かされました。
「素晴らしい写真というのは、インパクトのある写真でも美しい写真でもない。それを見たときに見た人がそれぞれの視点で考えることができる、解釈の余地が大きいものが私が考える良い写真である。この作品を書くときに、写真のような本を書きたいと思っていた。様々な角度から人物や事象を描写し、なおかつ光を追い求めることが写真家としてなすべきことだと自分を奮い立たせた」
一般には想像を絶する困難な道を歩むがゆえに、結婚当初はご両親に許されず、式もあげずに、晴れ姿を見せることができなかったことも「家族がバラバラになっても時間をかけてまた一つになれる」という、作品のテーマが自身の人生そのもののテーマとなっていることに言及し、ご両親、ご家族、関係者すべてに謝意を述べられました。
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