
恥ずかしい時、悔しい時、モヤモヤする時……思わずネガティブな気持ちになったときこそ、読書で心をやすらげてみませんか? あの人・この人に聞いてみた、落ち込んだ時のためのブックガイド・エッセイです。
第18回:疲れきって1時間だけごろ寝する時
案内人 今井真実さん
2023年04月14日
「おかあさん、ちょっと上で横になってきます」そう宣言すると、子供たちは「はいはーい。いってらっしゃーい」と送り出してくれる。2階の和室に上がり、お布団を敷いてよっこいせと眠ると見せかけて、ぐるりとひっくり返りうつぶせに。
肘を立てて、いそいそと開くのはマンガである。

井上雄彦/著(集英社)
映画「THE FIRST SLAM DUNK」が公開され、私はなんの前知識もないままに家族と共に観に行った。
……まあ、なんということでしょう。開始5分で、ウグウグと泣き、映画が終わる頃には、「ありがとう」とスクリーンに向かって拝む気持ちに。その日のうちに鎌倉高校前駅まで行ってしまった。
次の週末には「我が家の推薦図書だ!」と原作コミックを全巻購入。ああ、こんなにも心が弾むのはいつ以来のことだろう。今日もしんどい。きっと明日もしんどい……。そんな私の日々にドヒューンと飛び込んできたのが『SLAM DUNK』なのだ。
何を今更と思われるかもしれないが、連載当時全くハマらなかった私にとっては、青春をもう一度味わっている感覚なのである。バスケがしたい! シュートを決めたい! バッシュ買いに行きたい!
押し潰されそうな気持ちになっても、ひたむきに突き進むことで人は強くなれる。そして努力すればするほど、それは自信に変わっていくのだ。
華麗なるプレイの躍動感に胸をときめかせながら、お布団にくるまり家事も仕事も全てを投げ打って読んでいく。私も充電が完了したら高く飛べるはず、だ。
しかし現実は厳しい。燃えるような体力の子供を毎日相手にしていると、自分の衰えを強く実感する。いつも夕方には、疲れきってソファで横になって小休憩。が、また子供はすぐに私のお腹の上に飛び乗ってくる。うぐぐ。
こんな時は迷うことなき、「YouTube見ていいよ!」の魔法のひと言である。

柚木麻子/著(NHK出版)
はぁと一息ついて『とりあえずお湯わかせ』を開く。何度も何度も読んでいる柚木麻子さんのエッセイ集だ。話題は多岐にわたり、シリアスな社会問題も扱われている。しかしどんなテーマでも、笑って吹き出してしまうほど柚木さんの文章は、ウィットに富んでいて、「『新しい』こいのぼり」なんて、暗唱したくなるほど面白い。
私がこの本に惹かれ続けている理由は柚木さんの「真っ当さ」だ。さまざまな理不尽な事象を、ねじふせていくユーモアと知性。柚木さんと同じ時代に生きることができて良かったと心から思う。
ゴロンと横になり、好きな本を読んで。
いつの間にか、YouTubeを見ていた息子が横に来て漫画を読み始めている。熱の塊のような子供とくっついて過ごしていると、空気が湿り気を帯びる。
この今こそが、なんと充実した時間なのだろうかと思うのだ。
プロフィール
-
今井 真実 (いまい・まみ)
料理家。「作った人が嬉しくなる、毎日のあたらしい家庭料理を」という考え方から生まれる、普段使いの食材にひと手間プラスすることで特別な美味しさを体験できるレシピの数々はSNSや多くのメディアで話題を呼んでいる。
著書に『いい日だった、と眠れるように 私のための私のごはん』、『料理と毎日 12か月のキッチンメモ』など。
2023年4月に『フライパンファンタジア 毎日がちょっと変わる60のレシピ』5月に『今井真実のときめく梅しごと』を刊行予定。
新着コンテンツ
-
インタビュー・対談2025年08月26日インタビュー・対談2025年08月26日
最果タヒ「めちゃくちゃ好きなキャラクターに対する私のパッションを書きました」
漫画やアニメ、小説などさまざまな作品のキャラクターたちについて、強い思いを込めて考察した本エッセイ集の、執筆の裏側を伺いました。
-
新刊案内2025年08月26日新刊案内2025年08月26日
きみを愛ちゃん
最果タヒ
大人気詩人・最果タヒが32人の〈キャラクター〉に贈る、最大熱量のラブレター!
-
新刊案内2025年08月26日新刊案内2025年08月26日
月を見に行こうよ
李琴峰
この瞬間が永遠になってほしい、と私は願った。世界各地の作家たちと過ごした経験をもとに描く、書く者たちの物語。
-
新刊案内2025年08月26日新刊案内2025年08月26日
女王様の電話番
渡辺優
好きだけど、触れあうことはできない。そんな私は異端者なのだろうか。アセクシャルの自身に戸惑い、彷徨い、清爽と一歩を踏み出す――。
-
新刊案内2025年08月26日新刊案内2025年08月26日
虚池空白の自由律な事件簿
森昌麿
自由律俳句の伝道師といわれる俳人・虚池空白と、編集者の古戸馬は、本の企画のために、詠み人知らずの名句を〈野良句〉として集めている。
-
インタビュー・対談2025年08月22日インタビュー・対談2025年08月22日
森晶麿「その一言が謎を呼ぶ 日常生活から生まれるミステリー」
街に落ちている様々な一言を自由律俳句、通称〈野良句〉に見立ててその謎を解いていくという、俳句ミステリーの魅力に迫る。