ふと気づくと世間から浮いている。私が古代ギリシャ人になっているからだ。

 四六時中古代ギリシャ人の書いたものを読み、語り、再現などしているので、頭の中で常に彼らと過ごすことになる。

 すると、日常生活でも

「それは古代ギリシャ人ならこうするのに」

「正装で来いと言われたので月桂冠を被ってきただけですが?」

「おのれ、神々の怒りを畏れぬ現代人どもめが!」

 などと思考が古代ギリシャ人に乗っ取られて、浮く。

 こういう時は自分を相対化する必要がある。そう、自分よりもはるかに変わっている人たちの奇行……もとい、偉業を読むことで、自らを安心させていく戦法である。

『ゼロからトースターを作ってみた結果』トーマス・トウェイツ/著 村井理子/訳(新潮文庫)

 私も現代古代ギリシャ人としてパピルスで巻物を作ったり、古代の魔法陣を描いたりしているが、この本はレベルが違う。現代のトースターを「一人でゼロから手作りする」。

 まず原材料の鉄鉱石を地中から掘り起こす。16世紀の史料を参考に手作りの溶鉱炉を作り、製鉄する。そして、じゃがいもから筐体のプラスチックを製造し、ミネラルウォーターから電気分解で生成した銅線を繋ぎ、ただ一枚のパンを焼く……!

 科学的な工程だけではなく、「交渉」にページが割かれているのもいい。石油会社に「こんにちは。トースターを原材料から作っている者です。採掘場でバケツ一杯だけ石油を分けてくれませんか?」と電話をする蛮勇は、見ているだけで勇気をもらえる。

 良かった。私もまだまだ普通の域を出ていない。そして古代ギリシャが青銅器時代・鉄器時代であり、プラスチック時代ではなくて本当に良かった。

『ギリシア哲学者列伝』(上)(中)(下)ディオゲネス・ラエルティオス/著 加来彰俊/訳(岩波文庫)

ギリシア哲学者列伝

 3世紀に書かれた古代ギリシャ哲学者たちのおもしろエピソード集。

 人前でオナラをしてしまったことで気落ちして家に閉じこもり、そのまま餓死しようとする哲学者。それを止めるため、オナラをして慰めに向かう哲学者。

 哲学者たちの舌鋒鋭い議論の応酬から、「あいつはあることないこと書いてるだけの中身のないクソ野郎!」(意訳)のようなシンプルな悪口。そして人の講義に殴り込む哲学者。

 教科書で見たことのある偉人たちも、奇人と紙一重なんだと思うと安心感がすごい。

 何より、ただ一人載っている女性哲学者ヒッパルキアの話がいい。当時、女性が哲学者になることは奇行であり狂気だったのだ。

 2000年前から人目を気にせずはみ出し続けた人々によって、私もまたこうして学問ができている。そう思うと、「先人たちにならって、明日からも元気よくはみ出してこう!」と前向きになれるのだ。