恥ずかしい時、悔しい時、モヤモヤする時……思わずネガティブな気持ちになったときこそ、読書で心をやすらげてみませんか? あの人・この人に聞いてみた、落ち込んだ時のためのブックガイド・エッセイです。
第42回:言わなくていいことを言ってしまった時
案内人 年森瑛さん
2025年05月15日
またやってしまった。つい思ったことを言ってしまった。
私に言われたその子は、こらえるように笑みを浮かべて、耐えきれず泣き出した。私がびっくりして立ち竦んでいると、周りが慌ててあいだに入ってくる。人の気持ちを考えましょう。いや考えているつもりなんです、でも大爆笑・大激怒・大号泣がいつも唐突に発生するんです。
物心ついた頃から、他人の気持ちが分からなくて困っていた。私が困っている=周囲も困らされているというわけで、だいぶ申し訳なかった。私だけが妖怪みたいだと思っていた。しかもいまいち妖怪の自覚がないので、気を抜くとすぐ妖怪パワーで人間の心を引き裂いてしまうのだ。迷惑すぎる。

「崖際のワルツ 椎名うみ作品集」には短編漫画3作が収録されている。表題作の「崖際のワルツ」は高校演劇部の新入部員2名を主軸にした話だ。
西園寺華(さいおんじ・はな)はとてつもない大根役者で、空気が読めないため入部早々に浮いていた。そんな華が寸劇のペアを組むことになったのは、発言の険しさゆえに同じく部内で浮いていた五反田律(ごたんだ・りつ)だった。1週間後の新人発表会のため、律は華が大根役者のままでも成立するよう脚本を書き、自らの演出通りに動くよう徹底的に指導する。華はやっとできた友人である律に嫌われないよう忠実に指示に従っていた。だが迎えた本番、自我を捨てていたはずの華の演技はしだいに律の演出から逸脱していき――という筋書きである。
椎名うみはコミュニティから疎外された人の激情を描くことに長けた作家だ。ずっと孤独でいた人が、他者を渇望して空回りし、たわむれに差し出された手に必死にしがみついてお互い傷だらけになってしまう。そんな滑稽ですらある様子を、痛ましく、愛らしく描いている。

続いて「わたしは、あなたとわたしの区別がつかない」というエッセイを紹介したい。これは自閉症当事者で高校生の藤田壮眞さんが幼少期からの出来事を振り返りつつ、当時の身体感覚や思考回路をつぶさに書き記したエッセイだ。本書のあとがきにはこうある。
<わたしはこの本に書いたように、幼い頃は周りが見えなかった。いまは見えている。わたしたちは、ゆっくり成長するのだ。いつまでもずっと同じ自閉症ではない。(p.220)>
私はどうだろう。人の心が分からないときは、母親や友人に教えてもらう。教えが身についているかは微妙だが、子どもの頃よりは妖怪パワーも抑えられていると思いたい。
プロフィール
-
年森 瑛 (としもり・あきら)
1994年生まれ。法政大学卒。2022年、「N/A」で第127回文學界新人賞を受賞してデビュー。同作が第167回芥川賞候補作となる。
新着コンテンツ
-
インタビュー・対談2026年02月26日
インタビュー・対談2026年02月26日江國香織「ただのノスタルジーではない、今を生きるはみ出し者たちの物語」
かつて、元公民館の建物「ピンクの家」で共同生活をしていた家族を描いた今作。実際に存在した建物と、“ムーミン谷”とは?
-
インタビュー・対談2026年02月26日
インタビュー・対談2026年02月26日平石さなぎ「“美しい負けざま”を描きたい」
小説すばる新人賞受賞作が抄録掲載から話題となっている著者の平石さなぎさんに、作品に込めた思いとここに至る道のりを聞きました
-
新刊案内2026年02月26日
新刊案内2026年02月26日ギアをあげて、風を鳴らして
平石さなぎ
【第38回小説すばる新人賞受賞作】小学四年生の吉沢癒知は、宗教団体「荻堂創流会」の中で創父の生まれ変わりとして信徒から崇拝されており…。
-
新刊案内2026年02月26日
新刊案内2026年02月26日外の世界の話を聞かせて
江国香織
時間と場所を超えて重なり、織り上げられてゆく人の生に静かに耳を傾ける、珠玉の群像劇。
-
インタビュー・対談2026年02月24日
インタビュー・対談2026年02月24日辻村深月×平石さなぎ「人の心を打つメソッドはない」
小説すばる新人賞受賞者平石さんと、その筆力を高く評価された選考委員の辻村深月さんに、受賞作とその執筆の背景について語っていただきました。
-
インタビュー・対談2026年02月19日
インタビュー・対談2026年02月19日奥泉光×更地郊「他人に合わせるなんてことはできない。自分が読んで面白いと思うものを書く」
選考会で評価が真っ二つに割れた、すばる文学賞受賞作の著者の更地郊さんと選考委員の奥泉光さん。新人と大先輩の初対談が実現した。