去年の12月某日15時1分、僕は留年が確定しました。卒業論文を完成させていたのにもかかわらず、あまりに締め切り直前に提出しようとしすぎてしまったため、ワードのデータをPDFに変換するのに手こずってしまったのです。14時半頃、iPadでワードにサインインしていないことに気づき、急いでサインインしようとするも電話番号とパスワードが一致しません。焦った僕はメールアドレスでのサインインに変更するもそこでもうまくいかず。時間は無常に過ぎていき、留年する運びとなりました。

 それまで順調に単位を取得していた僕は、自分の身に何が起こったのかを自覚するまで時間がかかりました。今まで経験したことのない速さと強さの鼓動。ドクドクドクドクドク。Zeppにいるのかと思いました。腹まで響いてくるドラムみたいな。ぼーっとして数秒後、脳内にぼんやりと「留年」の二文字が浮かんでくる。

 正直に言いますけど、そんな状態で本なんて読めないですよ。まず活字がトラウマになります。ないでしょう。活字がトラウマになったこと。僕なんて卒論の執筆のためによく通っていたドトールすらも数ヶ月行けなかったです。卒論のことを思い出すから。

 しかし、卒論の提出に失敗したことをXで呟いたところ、「僕も同じミスしました」とか、「私は期限を勘違いして出せませんでした」などといったメッセージを何人かがくれたんですよね。一人じゃないんだ、と思えて少しうれしかったです。

 一人でも多くの人が卒論を無事提出できることを祈りながら、あなたが万が一出せなかった場合におすすめの本を紹介します。

 1冊目 くどうれいん『うたうおばけ』

『うたうおばけ』 くどうれいん/著(講談社文庫)

 

 普段エッセイをよく読むのですが、特にくどうれいんさんが好きです。丁寧な言葉遣いで描かれた、彼女の身の回りに起きたことやくどうさんの友達とのエピソードなどなど。それらを読んでいると、徐々に心がほぐれていく実感があります。自分の人生にいっぱいいっぱいなときこそ、人の人生を覗き見することは楽しいし大切。

 この『うたうおばけ』の中だと、「うにの上」がおすすめです。くどうさんの三つ上で、船の上で働く友達、“おりょうちゃん“と久しぶりに再会したくどうさんは、二人で一緒にうにを食べに行きます。

 店から家まで歩いて帰ろうとするおりょうちゃんに、「こんなに遠いのに歩くの?」とくどうさんは尋ねます。それに対しておりょうちゃんは、「陸をまっすぐたくさん歩けるって、幸せなことだよ」と返す。今までさまざまな文章を読んできましたが、ここまではっとさせられたのは初めてでした。そうか。歩けるって幸せなことなんだ。

 自分では当たり前だと思っていることでも、誰かからしたら幸せで特別なことなのかもしれないと気づいたときから、見える世界が少し変わった気がします。

 今自分が置かれている環境、持っているものを改めて認識して、打ちひしがれているときこそそこに感謝しようと思えるきっかけでした。そうです。まず大学に通えていることに感謝です。

 とはいえ、やはりまだ活字を読めないという人もいるでしょう。落ち込みすぎて本を読む気になれないなんて人もいるかもしれない。そうなったら漫画の出番。僕の好きなオードリー・若林正恭さんの言葉で、「ネガティブを潰すのはポジティブではない。没頭だ。」というものがあります。面白い作品に没頭してみるというのも、一つの手かもしれません。

 2冊目 薄場圭『スーパースターを唄って。』

『スーパースターを唄って。』1巻 薄場圭/著(小学館)

 人並みに本や漫画、ドラマに触れてきた自負はありますが、その中でもこの『スーパースターを唄って。』のインパクトはかなりのものです。17歳ながらドラッグの売人として生活する主人公の雪人が、ラップを通して感情を解放していくという話なのですが、とにかく雪人の育ってきた環境が壮絶で。この漫画の見どころであるラップのシーンももちろん素晴らしいのですが、僕はそれと同じくらい雪人の育ってきた環境の描写が印象的でした。これを読んだら卒論に悩んでるのなんてばかばかしくなってきますよ。この年でこれだけの経験をしている雪人に比べたら、どうってことないなって。