ゲイバーに客が来ない。もう8年も新宿二丁目で店員をやっているのだが、ほんのたまに、というよりまあまあ頻繁に、店でひとりぼっちの時間がある。ぎっちり埋まれば15人は入るから、空白の店内に自分だけいるのはいたたまれない。

 ここは文壇バーと呼ぶには及ばないが、文筆家が経営する店であり、それなりに作家や編集者が訪れる。白ペンで書かれた名前入りの焼酎やウイスキーのボトルの横には本が並んでいて、ヒマを持て余す時に読むものには困らない。

手に取ってみたのは『ホス狂い』だ。この店の別の曜日に働いている、(おお)(いずみ)りかさんによるルポルタージュである。ホストクラブが軒を連ねる歌舞伎町は明治通りという河の向こう岸、同じ新宿だから共感することがあるかもしれない。

『ホス狂い』書影
『ホス狂い』大泉りか/著(鉄人社)

 ホストと女性客は「支える/支えてもらうという関係で結ばれている」らしい。ホストは金銭を費やしてもらう対価として、セックスやメンタルケアなどのフィードバックをする。両者が挑み合うように命を張る姿には、息を吞んでしまった。金という空気の次くらいに不可欠なものを惜しみなく突っ込むのだから、彼らの脳は生きている刺激をびんびんに感じているのかもしれない。

 対するうちの店には、ホストクラブのような疑似恋愛はない。1万円もあれば、たらふく飲めてしまう。色も金も集中しないバーであり、集うのはただ楽しいだけの面々だ。

 宮本(みやもと)(てる)のエッセイ『命の器』には、出会いとは偶然ではないとあった。基底部に同じものを有している人間は、自然と交わる法則があるというのだ。もしそれが本当なら、お客様が自分を鏡のように映した姿なら――。彼らの顔を思い浮かべて、ニンマリしてしまった。少しくらいヒマでも、また一緒に過ごせるなら我慢しようか。それでも誰か、早く来てほしい。

『命の器』宮本輝/著(講談社文庫)