恥ずかしい時、悔しい時、モヤモヤする時……思わずネガティブな気持ちになったときこそ、読書で心をやすらげてみませんか? あの人・この人に聞いてみた、落ち込んだ時のためのブックガイド・エッセイです。
第50回:重要な対局で負けた時
案内人 一力 遼さん
2026年01月15日
囲碁の対局は、孤独との戦いだ。進むべき道が分からなくても、己を信じて切り開いていかなければならない。人工知能(AI)が90%以上の勝率を示している場面でも、一つのミスで逆転されることは日常茶飯事だ。そのような勝負の世界では、どれだけ準備をして臨んでも、勝利に結びつかない時はある。
結果が出ない時には従来のやり方を変えてみることがあるが、その際に他のジャンルで活躍されている方の言葉がヒントになることも多い。
私は2024年に「応氏杯」という世界大会で優勝を果たし、その記念に元サッカー選手の中村憲剛さんと対談する機会に恵まれた。その準備として読んだのが『ラストパス 引退を決断してからの5年間の記録』だった。

本書では、川崎フロンターレ一筋だった中村さんが、現役最後の5年間を自身の言葉で包み隠さず振り返っている。17年のJ1優勝をきっかけに、それまで優勝に手が届いていなかったフロンターレが常勝軍団へと変わっていく姿は、タイトル初挑戦から5連続で敗退し、6回目の挑戦で初めて獲得できた自分と重なる部分もあり、興味深く読み進めることができた。
激動の5年間の記録は、サッカーファンだけでなく「どのような目標を持って日々を過ごせばいいのか」と悩む人にとっても大いに参考になるだろう。
囲碁のタイトル戦は全国各地で行われるため、移動に費やす時間も多い。私は読書が好きで、小説の世界に入り込んで気分転換を図ることが多々ある。
最近よく読んでいるのは中山七里さんの作品だ。「有隣堂しか知らない世界」というYouTubeで作家の一日に密着する企画があり、その内容に衝撃を受けたのが、著者に関心を持つようになったきっかけだった。
一日17時間以上を執筆活動に割き、食事と睡眠はほとんど取らない。レッドブル一本で一日を過ごせるように肉体改造したらしく、何もかもが常人離れしている。異例のハイペースで出版を重ねているのには、そのような背景があったのだ。
代表作の『さよならドビュッシー』は、読者を音楽の世界に連れ込み、脳内に旋律を奏でさせるような描写と、最後に予想を裏切る結末が待つ推理小説の要素を掛け合わせた、唯一無二の作品だ。中山さんの著書は多くの作品で世界観が統一されているのが特徴で、主人公の岬洋介が登場する他のシリーズや、本作で脇役だった人物が主役として登場する作品もあるので、興味を持った方はぜひそちらも読んでみてほしい。

プロフィール
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一力 遼 (いちりき・りょう)
囲碁棋士。1997年生まれ、宮城県出身。2010年にプロ入り。2024年に四冠(棋聖、名人、天元、本因坊)、同年9月には「応氏杯世界選手権」で優勝し、日本勢として19年ぶりの世界一を果たす。2025年には王座を獲得し、史上3人目の五冠を達成する。河北新報社の取締役も兼務。
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