担当編集より

ファンが待ちに待った、奇才・木下古栗の新刊が発売!
カバー装画は、二次元美少女などモチーフにした作品を手がける、人気女流美術家の愛☆まどんなさん!
豊﨑由美さんによる本書の書評と、作者の頭の中を考察した文章をご一読下さい。


フルクリストになる宿命

 白衣を着た医者らしき男に、頭のてっぺんをパカッとあけられて、手を突っ込まれる夢を見たことがある。「ほら、こんなに」「ほら」「ほらっ」。頭の中から男が掴みだしてきたものは、カラカラに乾燥した蛆虫で。
 新刊を読むたび、思う。古栗の頭の中はどうなっているのだろうか、と。
 ボクササイズで汗を流し、国際情勢に造詣を深め、レプリカの頭蓋骨を叩きながら呪術的な歌を口ずさみ、手際よく常備菜を作り、全裸で座禅を組み、おめかしをしてワインバーに立ち寄る看護師の菱野時江。友人2人とともに鶏に扮して焼き鳥屋に乗り込む時江。「剃りマンジャロ——かくも美麗なる恥丘——」と題した自撮り写真展を開催する時江。引退したオバマと、カフェ・ベローチェでお茶をする時江。「字味に富むものでも摂取するか……」と活字市場に繰り出して卑猥語を買いあさり、見事な海鮮料理に仕立て上げる時江。牛乳寒天専門店を開く時江。自分の茂りかけの陰毛を剃り上げるばかりか、愛犬モギーのもじゃもじゃの毛も剃ってしまう時江。
 こうした暗黒のワンダーウーマンたる時江の常軌を逸した所業を記す短篇の合間に、集英社の若手文芸編集者やカリスマ全裸公然わいせつナンパ師、パスタをゆでる男、熱々の氷結ストロング風呂に入る経営者兼精神科医、きわどい筋トレをする飼い主の死を目撃する雄猫といった“男たち”の、時江の行動とかすかに共鳴する行状を描いた作品をはさむ連作短篇集『人間界の諸相』を読んでも、古栗の考える“人間”というものが、わたしにはまぁーったく理解できないのである。
 わかるのは、既作を遡っても了解できるように、古栗の頭の一角には脳科学者の茂木健一郎が棲みついているということ。それ以外は虚無であろう古栗の頭が、愚行と奇想を吸い込むブラックホールのようなものであること。一度吸い込まれたが最後、ひとはフルクリストになることを宿命づけられていること。わからない古栗の小説は、わからないがゆえに痛快で何度読み返しても面白いということ。そんなことを書くわたしが、フルクリストとして仕上がっていること。蛆虫頭でそれだけ理解できれば十分というものなのである。

豊﨑由美(とよざき・ゆみ)●書評家

「青春と読書」2019年2月号より転載