内容紹介
彼女は、真実を撮っているつもりだった。
「不老因子」の発見で脚光を浴びるがん研究者・嘉山宗弘。
彼を追う人気ドキュメンタリー番組『十一時の肖像』の撮影を始めた三田紗矢子は、やがて嘉山の成果の根幹を揺るがす研究不正疑惑に辿り着く。
否定する大学と告発する医師で証言は食い違う。
それでもカメラを回し続けるなかで、疑いは次第に“真実”の輪郭を帯びていく。
疑いを抱いたまま切り取られた世界は、どこまで現実なのか。
記録と虚構の境界が静かに崩れていく――。
プロフィール
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岩井 圭也 (いわい・けいや)
1987年生まれ、大阪府出身。北海道大学大学院農学院修了。2018年「永遠についての証明」で第9回野性時代フロンティア文学賞を受賞し、デビュー。多彩なジャンルの作品を発表しており、近著に『サバイブ!』『真珠配列』『あしたの肖像』『拳の声が聞こえるか』がある。
インタビュー
対談
岩井圭也さん(作家)が山崎エマさん(ドキュメンタリー監督)に会いに行く
書評
「真相を知りたい」渇望するディレクターが求めた“真実”
高橋ユキ
取材をしているとき、取材相手に対して言語化できない違和感を覚えることが、ごくまれにある。最初は「ん?」程度なのだが、徐々にこの違和感が膨らみ、取材の心理的な障壁となってゆく。違和感の種類としては、取材対象者の証言が信憑性に欠ける……というもの。率直に言えば“なぜか肝心なことを隠しているようだ”とか“証言を盛っているかもしれない”とか“嘘が紛れているのではないか”という類の違和感である。世の中には本当に色々な人がいる。
架空の例を挙げてみよう。ある大事件が起き、容疑者が捕まった。取材を進めると、SNS上で「容疑者の先輩」だと吹聴しているアカウントを見つけた。取材をかけるが、対面での取材を拒まれた。DMでの取材でも、ツーショットの写真はおろか、職場の名前も明かさない……たとえ本当に先輩だとしても、取材で情報が得られる望みはない。そもそも先輩だという証明も得られていない。
といっても、現実の世界では、取材対象者が話を盛ったり嘘をつく理由をわざわざ問いただしたりはしない。他から得た事実と突き合わせ、それらと整合しなければ、その相手とフェードアウトするまでのことである。
例えばここで視点を変えてみて、相手がなぜ嘘をつくのか? を突き詰めること自体、ひとつのドキュメンタリーのテーマとなりうるだろう。しかし、嘘を嘘だと証明する取材が必要であり、それには時間も苦労も要する。発表する機会もそうない。なにより、相手に強い興味を持っていなければ取材は続かない。ひとつの仕事として見れば「労多くして功少なし」といえる。
さて本作の舞台は、テレビ局向けの映像を手がけている都内の制作会社『牛尾プロダクション』、通称『ウシプロ』。主人公は、同社のディレクターとして勤続6年目となった三田紗矢子。常に激務に追われて睡眠不足。カフェインたっぷりのエナドリが欠かせない。
民放キー局『東邦テレビ』の看板番組『十一時の肖像』は、さまざまなジャンルで活躍する「旬」の人物にフォーカスするドキュメンタリーだ。火曜午後11時から放送だが、いまだに高い視聴率を維持している長寿番組である。この『肖像』に三田の企画がようやく通ったことから、取材が本格的に始まる。
取材対象者は、城北大学大学院医学研究院の嘉山宗弘教授。悪性腫瘍を主な研究テーマとしており『不老因子』を発見したことで一躍有名となった。なんでも、彼の書いた論文は引用数が目立って多いのだという。海外ではすでに彼への注目度が高まっており、国内でもこれからブレイクするだろうとみられていた。
三田が嘉山教授への密着取材を望んだのには理由がある。彼女の母親はかつて乳がんを患い、乳房を切除していた。当時、母親のために、がんの最先端治療法を探すなか、三田は、嘉山の論文に出会い、救いを得ていたのだった。実用化されれば、がん治療が根本的に変わるだろう……そんな希望を持っていた。
ところが、である。取材を本格化させた三田は早速、「先生が見せたい部分しか見せてもらえてない気がする」と、違和感を覚え始める。そのうえ、プライベートな事柄を取材することについても、嘉山教授からNGを出されてしまった。困りながらも取材を進めていくと、ぽろぽろと出てくる研究不正の疑惑。だが、疑惑を確信に変えるほどの情報がどうしても得られない。怪しさはあるが、決め手に欠ける。
多くの取材者であれば、このあたりで取材を打ち切るのではないだろうか。しかし三田はやめるどころか、とんでもない手を使ってしまう。ここからの三田は“自分の思う真実”に取り憑かれたモンスターのようである。寝不足と過労、カフェインを養分にして、真相を知りたがっている自分の行いこそが何よりも尊いという思い上がりを膨らませてずんずん行動してゆく。
自分の思う“真実”に固執すると、視野狭窄に陥る。三田は自分の“真実”を追い求めるが、一方で嘉山教授にも、彼なりの“真実”があった。彼は『不老因子』は存在しているという“真実”の中で生きていた。そして、その主張をやめない限り、真実は真実であり続ける……と考えていたのだった。真実と事実は違うのである。
取材者と被取材者、立場は正反対だが、“真実”への強い思いを持つ者同士、激しく共鳴したのか。結果的に嘉山教授は、三田の独占取材を許すのであった。
三田が真実を追い求めるあまりに取った行動には、読みながらドン引きしつつも、全部ぶち壊してほしい、という相反する思いを持ちながら夢中で読んだ。道理的には間違っている手段を取る三田なのに、魅力的に見えてくるから不思議である。嘉山教授は、そんな三田の回すカメラに、飲み込まれてみたくなったのだろう。彼女がどんな「真実の物語」を紡ぐのか、読者も興味を持つはずだ。
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