
プロフィール
-
奥田 英朗 (おくだ・ひでお)
1959年岐阜県生まれ。雑誌編集者、プランナー、コピーライターを経て、
1997年『ウランバーナの森』で作家デビュー。
2002年『邪魔』で大藪春彦賞、2004年『空中ブランコ』で直木賞、
2007年『家日和』で柴田錬三郎賞、
2009年『オリンピックの身代金』で吉川英治文学賞を受賞。
『ナオミとカナコ』『向田理髪店』『ヴァラエティ』『罪の轍』『コロナと潜水服』など著書多数。
インタビュー
書評
「分からない」という強烈なリアル
高橋ユキ
群馬県桐生市、栃木県足利市で若い女性の遺体が相次いで発見された。首を絞められて殺害されたとみられるふたりの遺体は全裸で、両手を縛られているという共通点があった。そのうえ発見場所はいずれも、群馬県と栃木県の県境付近を流れる渡良瀬川の河川敷だった。
刑事たちは胸騒ぎをおぼえる。両県ではちょうど十年前にも同じ河川敷で若い女性の全裸遺体が発見されていたからだ。
犯人は十年前と同一か。それとも模倣犯か。奥田英朗による犯罪小説『リバー』では、この❝渡良瀬川連続殺人事件❞をめぐり、刑事、記者、犯罪被害者、それぞれの視点から物語が織りなされる。ところが本作で内面まで描かれるのは、登場人物のうちの一部だ。疑惑の人物らの内面は、作者が構築した精密な世界のなかに、あえて残した空洞のようにつかめず、読者は、彼らの行動や仕草から想像することしかできない。このもどかしさや不安には覚えがあった。
私は普段、刑事裁判を取材して記事を書いており、事件を起こした当人に取材を行うこともある。長く未解決だった殺人事件の被告人に面会取材を重ねていたとき、私は彼に当時の気持ちや動機をしつこく尋ねた。逮捕まで約十年も犯行を隠し続けた彼が、誰とも共有してこなかった感情に触れたかった。
だが実際には、私のような普通の人間が理解できるような、腑 に落ちる答えが都合よく得られるわけではない。そもそも、自分から動機を語りだすこともない。何度聞いても「ストレスがあった」「とっさに刺した」など、お決まりのフレーズを繰り出し、内面に踏み込ませてはくれなかった。取材では、分からないことが分からないまま終わることがある。彼の衝動、快楽は、やはり表情や仕草、言葉から想像することしかできないままだ。
人間には共有したくない感情、見せたくない顔がある。作者はそれを巧みに❝描かない❞うえで、ディテールを積み上げる。架空の世界を描いた小説に、強烈なリアルがある。
たかはし・ゆき● 傍聴人、フリーライター
「青春と読書」2022年10月号転載
新着コンテンツ
-
インタビュー・対談2025年08月26日インタビュー・対談2025年08月26日
最果タヒ「めちゃくちゃ好きなキャラクターに対する私のパッションを書きました」
漫画やアニメ、小説などさまざまな作品のキャラクターたちについて、強い思いを込めて考察した本エッセイ集の、執筆の裏側を伺いました。
-
新刊案内2025年08月26日新刊案内2025年08月26日
きみを愛ちゃん
最果タヒ
大人気詩人・最果タヒが32人の〈キャラクター〉に贈る、最大熱量のラブレター!
-
新刊案内2025年08月26日新刊案内2025年08月26日
月を見に行こうよ
李琴峰
この瞬間が永遠になってほしい、と私は願った。世界各地の作家たちと過ごした経験をもとに描く、書く者たちの物語。
-
新刊案内2025年08月26日新刊案内2025年08月26日
女王様の電話番
渡辺優
好きだけど、触れあうことはできない。そんな私は異端者なのだろうか。アセクシャルの自身に戸惑い、彷徨い、清爽と一歩を踏み出す――。
-
新刊案内2025年08月26日新刊案内2025年08月26日
虚池空白の自由律な事件簿
森昌麿
自由律俳句の伝道師といわれる俳人・虚池空白と、編集者の古戸馬は、本の企画のために、詠み人知らずの名句を〈野良句〉として集めている。
-
インタビュー・対談2025年08月22日インタビュー・対談2025年08月22日
森晶麿「その一言が謎を呼ぶ 日常生活から生まれるミステリー」
街に落ちている様々な一言を自由律俳句、通称〈野良句〉に見立ててその謎を解いていくという、俳句ミステリーの魅力に迫る。