
内容紹介
奇想の天才が放つ、7つの童話を基にした万華鏡のような新作短篇集、
2024年のローカス賞短篇集部門受賞作品。
親切な白猫の大麻農園(『白猫の離婚』)、
妖精の婚約者が眠る地獄の底(『地下のプリンス・ハット』)、
主人だけは絶対に入れてはいけない家(『スキンダーのヴェール』)……。
夢と幻想、誘惑と謎に満ちた摩訶不思議な物語。
変幻自在の物語の魔術師、ケリー・リンクの世界へようこそ――。
原題:White Cat, Black Dog
装画:ヒグチユウコ
プロフィール
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ケリー・リンク (Kelly Link)
フロリダ州マイアミ生まれ。コロンビア大学を卒業後、ノースカロライナ大学で修士号を取得。「黒犬の背に水」で作家デビュー。1998年刊『スペシャリストの帽子』で世界幻想文学大賞を、本書で2024年のローカス賞短篇集部門を受賞した。その他の作品に『マジック・フォー・ビギナーズ』、『プリティ・モンスターズ』(以上早川書房)など。作家活動のほかマサチューセッツ州ノースハンプトンを拠点に出版社Small Beer Pressを夫と共同経営している。
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金子 ゆき子 (かねこ・ゆきこ)
横浜国立大学経済学部卒、英仏文学翻訳家。主な訳書にオリヴィエ・ブルドー『ボージャングルを待ちながら』、ニー・ヴォ『塩と運命の皇后』(以上集英社)ほか、共訳書にケリー・リンク『スペシャリストの帽子』(早川書房)など。
書評
事件なのか? 魔法なのか?
橋本輝幸
事件だ。十年ぶりにケリー・リンクの短編集が出る。しかも抜群に面白い。
リンクの著作を読んだことがない人に魅力を伝えるのは難しい。なにせ鵺や麒麟のような作風だ。一部分に注目すれば見覚えがあるものの、全体を見ればギョッとするほどなじみがなく分類に困る。
彼女は二〇〇一年に第一短編集『スペシャリストの帽子』を自主出版し、日本では二〇〇四年に翻訳出版された。四半世紀近く経ってもなお、その小説の巧さは模倣不能である。変化といえば、知る人ぞ知る作家からジャンルの垣根を越えて広く評価される作家になったくらい。
創作講座でデビュー前の彼女を指導していた作家カレン・ジョイ・ファウラーいわく「すでに私より上手に小説を書いていたから、講座に参加する意味が全然ないと思った記憶があります」。リンクはそれほどにマジカルでワイルドな奇才だ。写実小説や娯楽のための脚本術のもてなしに慣れた読者は戸惑うだろう。舗装された車道しか知らない人が獣道に案内されたら、ためらうに決まっている。そもそもこれ道なの? 入って大丈夫?
本書にはおとぎ話から着想された七編が収められている。舞台を現代に換えたものも多いので、都市伝説と呼ぶほうがイメージに合うかもしれない。原作は有名作品だけではないし、しばしば原形を留めていない。父親の無理難題に応じる息子の話や、かつて婚約者から略奪した夫を略奪し返されて、地獄へ取り返しに行く男の話は序の口だ。ユーモラスな作品とその細部(猫の大麻農場あり、アイスランドあり)に気をとられているうちに読者は本の奥地に分け入っていく。見知らぬ怖い場所だ。近づいてくる白い道、雪の日だけ会える男、破ってはいけないルールつきの留守番……状況の異様さと対照的に主人公たちはいたって普通の人物だ。かたずを吞んで見守るうちに物語はおしまいとなり、私たちは本を読み終わる。これが事件でなければ何なのか。魔法?
はしもと・てるゆき●書評家
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