インタビュー

本多孝好

本多孝好「書き進めるうちに感じた、自分なりの警察小説への手応え」

書評

欠片かけらを見落とさない、著者初の警察小説

吉田伸子

 本書は本多さん初の警察小説だ。へ? 本多さんって、前も警察小説書いてなかったっけ? と思ったのは私だけではないだろう(確認しました。初、です)。
 なぜそんなふうに思ったのかというと、恐らくは二〇二一年に刊行された『アフター・サイレンス』が頭にあったからだと思う。犯罪被害者の家族と加害者の家族を描くことで、「罪と罰」を照射したこの作品は、読み手の心にも、罪とは? そして、罰とは? という深い問いかけを残した。その問いへの答えを、私自身はまだいだせていない。現実で起こる悲惨な事件を目にした時は、どうしてこんなことが起きてしまったのか、と思いを巡らせることはあるものの、そこまでだ。
 なので、本書を読んだ時に真っ先に思ったのは、そうか、本多さんは、『アフター・サイレンス』の問いかけを、きっとずっと持ち続け、事あるごとに考え続けていたのだな、ということだった。そこに、本多孝好という作家の誠実さを私は感じたし、それこそが、私の、本多さんの物語に対する信頼なのだな、と思った。ちなみに、本書には、『アフター・サイレンス』に登場したなかがみ刑事も出てきます。
 本書は、三編の中編からなる連作集だ。物語の主人公は和泉いずみこう。県警本部の捜査一課強行犯二係に所属する若手刑事だ。彼が臨場する二度目の殺人事件を描いた「イージー・ケース」で、本書は幕を開ける。みや班に属する和泉はさくら巡査部長とコンビを組み、現場周辺での聞き込み、いわゆる「地取り」に強さを発揮していた。妊娠を機に宮地班を離れることになったナナさんの代わりに、光輝の“相棒”となったのは、中山なかやま署刑事課、あさ巡査だった。 
 この朝陽、光輝いわく「顔立ちが整いすぎていて、年齢がわかりにくい」というレベル。ところが、朝陽の容姿がいい意味で度外れたレベルだとしたら、彼女のコミュニケーション能力は、「警察官としての力量云々うんぬん以前の問題です。人間としておかしいです」「挨拶すらない。こんばんはも、初めましても、お疲れ様もないんですよ」と、光輝が班長に訴えるほど、これまた度外れて低い。
 対する光輝は、コミュニケーション能力は際立っているものの、その容姿はといえば、実の姉から「これ以上、つまんなくできない顔。モブ中のモブ。モブモブ」と評されるほど、驚くほど特徴のない顔立ちだ。光輝自身、「集合写真では、俺自身が俺を探すのに苦労する」。
 そう、光輝と朝陽は容姿もコミュニケーション能力も正反対なのだ。このでこぼこなコンビ(しかも男女!)を設定したあたりが、本書のミソ。加えて、そんな二人に「人が怖い」という共通項があることが、更なるミソだ。
 最初のうちは朝陽のコミュ障っぷりにドン引きしていた光輝だったが、コンビを組むうち、朝陽が優秀な刑事であることに気が付く。自分が見落としてしまうようなことにも、朝陽の意識は向けられるのだ(その優れた能力から、交番巡査だった時に、ひと月の間に職務質問で違法薬物所持者、窃盗常習犯、銃器不法所持者を立て続けに捕まえたことがあり、「職質の女神」と噂されていたことを、光輝は後に知る)。
 収録されている三編で描かれているのは、二つの殺人事件と、小五男児の行方不明事件(「ホワイト・ポートレイト」)だ。殺人事件は、一つは親に暴力を振るわれ、担当介護職員を殺した男(「イージー・ケース」)と、いわゆる痴情のもつれから年下の恋人を殺した女(「ノー・リプライ」)、の二件。こうやって書いてしまうと、ありふれた事件のように思える。事実、現実社会で報道されたとしても、ひととき目を留めはするけれど、それだけだ。けれど、本書で描かれているのはその事件の背後にあるもの――その事件に至るまでの、表には出てこない“真実”、そもそも何故、事件は起こったのか――だ。その背後こそが、タイトルにもなっている「欠片」たちなのだ。誰もが見落としてしまうようなその欠片に目を向けるのが朝陽で、彼女が感じとったものを事件の解決につなげていくのが光輝だ。
 いいコンビだな、この二人。読みながらそう思う。二人が抱える「人が怖い」という思いが、表面的な“事実”だけで事件を捉えるのではなく、“真実”を見ようとすることに生かされている、というのが物語のなかで効いている。
 とりわけ、読後も印象に残るのは、「ノー・リプライ」のなかで、朝陽が問う、それは真実ですか? 正義ですか? という言葉だ。それは、「イージー・ケース」で光輝と同じ班の刑事・都倉が言った「俺たちの仕事は捕まえたやつの罪を最大化することだよ」という言葉に対する問いかけでもあるからだ。
 光輝と朝陽が「人が怖い」と思う理由はちらりと描かれてはいるが、その辺りのことももっと深く読みたいな、と思う。というわけで、続編、ぜひお願いします!

「小説すばる」2024年12月号転載