読書ガイド

あらすじや著者直筆メッセージなど盛りだくさんのスペシャルペーパー『別冊 うまれたての星』をお楽しみください☆

うまれたての星ペーパー
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インタビュー

大島真寿美

大島真寿美「少女漫画編集部という宇宙、ジグザグした形の星をまるごと描きたかった」

書評

星の欠片はいまも輝く

増田のぞみ

 1969年、物語はアポロ11号が月面に着陸したその年から始まる。当時、100万人の少女たちを夢中にさせた『週刊デイジー』と『別冊デイジー』。本書は、編集部で働くひとりひとりに光を当て、それぞれが抱える葛藤や苦悩と未来への希望を細部まで描き出している。集英社の『週刊マーガレット』『別冊マーガレット』をモデルに、直木賞作家の大島真寿美が当時の編集者や漫画家などの関係者に丁寧に取材を重ねたうえで書かれた労作だ。
 日本の漫画の特徴のひとつとして、漫画家と編集者が密接に関わる制作過程があげられる。編集者は作品のテーマや表現の内容に深く関わり、作家とともに二人三脚で作品を作り上げていく。資料集めや必要な物品の買い出し、引っ越しの手伝いなどの生活面でのサポートはもちろん、精神面でも寄り添い、励ましながら漫画家を支える伴走者となる。
 にもかかわらず、この時代の漫画編集者については、本書の小柳編集長のモデルとなっている小長井信昌氏による『わたしの少女マンガ史』(西田書店、2011年)に唯一まとめられているくらいで、まだ珍しかった女性の編集者が当時の編集部でどのように働いていたかを知る機会はほとんどなかった。本書では編集部で働く5人以上の女性が登場し、それぞれの仕事内容を詳しく知ることができる。漫画史としても貴重な資料だ。
 しかも、この女性たちは同じ出版社で働いていても、置かれている状況や抱える葛藤が大きく異なる。
 高卒で出版社に就職し、編集部の経理補助としてひとり制服を着て働く辰巳牧子は、自由な服装で潑溂と働く編集部員たちをまぶしく見ている。女性の編集部員の中で最も若く懸賞ページや読者のページなどを担当している西口克子は、女性の編集者が漫画班に配属されないことに納得できず、なんとか漫画の担当を持てないかと機会をうかがっている。一方、大学を出てから嘱託として編集部に潜り込み、グラフ班で芸能記事などを担当している香月美紀は、ファッションもおしゃれで「漫画の目利き」だが、正社員ではなく個別契約の嘱託職員であるため立場は不安定で孤独だ。
 克子と美紀は男性の編集者よりも漫画が「わかる」。何としても漫画班として漫画の担当をしたいと望んでいるが、女性というだけで補助的な作業しかさせてもらえず、その立場が悔しい。その高い壁に苦しむ二人が『週刊デイジー』の100万部突破を記念したパーティー会場の外で涙をこぼす場面では、こちらまで苦しくなり胸が詰まった。
 美紀の一回り上で、最も早くから唯一の正社員の女性として編集部で働いてきた藤原修子は、自分たちが「いつも戦っていた」ことに気づき、新しい世代の少女漫画の登場に「少女漫画とはわたしたちの物語であったのか」と語る。本書には男性ばかりの環境の中で「同じ席に座らせてもらえない」女性の編集者たちがいかに壁と向き合い、悔しい思いをしながらどのように歩みを進めてきたのか、その戦いの軌跡が示されている。
 一方、本書には男性の編集者たちの置かれた状況も詳しく書かれる。少女漫画の良し悪しが「どうにもよくわからない」と自信をなくす綿貫誠治、女性の漫画家とのコミュニケーションに苦労しつつ、ヒット作を担当する同僚に焦りや嫉妬を抱く武部俊彦など、男性の編集者たちの複雑な思いにも共感できる。
 さらに、牧子の姪として登場する小学生の千秋とその友達の浅沼さんなど、おそらく作者の大島真寿美と同じ生まれ年と思われる当時の小学生の読者たちが、少女漫画をいかに夢中になって読んでいたのかも鮮やかに描き出される。
 あくまでも架空の名称として提示されているものの、モデルになる作家や作品はおよそ推測ができるため、「誕生!」(大島弓子)、「美人はいかが?」(忠津陽子)、「聖ロザリンド」(わたなべまさこ)、「ベルサイユのばら」(池田理代子)などの舞台裏を知ることができるのも楽しい。
 とくに本書の終盤、「ベルサイユのばら」と思しき歴史長編の連載が佳境を迎えた1973年の読者たちの熱狂ぶりと最終回を読む登場人物たちの姿が心に残る。「編集者や編集部が雑誌を作っていると思ったら大間違いで、コントロールしているのはじつは読者の女の子たちなのだ」と修子が語るように、時代の変化をリードしていたのは100万部、150万部を支えた熱心な読者たちだったのだ。
 それから半世紀以上が経った現在でも、「うまれたての星」として「デイジー星」が残した星の欠片は、まだ読者たちの胸に輝きを放ち続けている。本書を読むことで当時の熱狂を追体験する読者の胸にも星の欠片が飛び散り、それぞれの場所で歩みを進めるための熱い灯になるのではないかと期待している。

「小説すばる」2025年12月号転載