小川洋子さんの新刊『劇場という名の星座』は、昨年二月末に一時休館となった帝国劇場を舞台にした小説集です。
 シェイクスピア研究・翻訳の第一人者である河合祥一郎さんは自ら公演を主催するほどの演劇ファン。ともに舞台芸術に魅了され、言葉の世界を探求されているお二人の話は尽きることがありません。当日の対話の様子をお届けします。

構成/長瀬海 撮影/大槻志穂

帝国劇場に込められた精神を描く

河合 新作『劇場という名の星座』は小川さんが愛する帝国劇場を舞台に、観客や裏方のスタッフ、劇場に関わるさまざまな人たちへスポットライトを当てた短編集ですね。私自身、専門はシェイクスピアですが、日本の舞台芸術も大好きで帝劇へも足繁く通っていました。だから本作がどれほど細部にこだわったものかよくわかります。きっととても熱心にお調べになったり、関係者のお話を聞かれたりしたのだと思いますが、そのあたりのことをまずはお聞かせいただけますか?


小川 帝国劇場の元支配人の方から帝劇を舞台に小説をと依頼を受けたのですが、そのときおっしゃったのが、帝劇をつくった劇作家の菊田一夫の精神を描いてほしいということでした。当時のことを知っている人がどんどん少なくなっていくなかで、帝劇の建物とともに菊田さんが舞台に込めた情熱が失われてしまうのは悲しい。それを小説というかたちで残してくれませんか、と。正直、そう言われて少し不安でした。私は一度も菊田さんにお会いしたことがないものですから。
 なんとかイメージを掴もうと、菊田さんについての評伝を読んだり、親しくされていた役者の方に印象をお聞きしたりしました。そのうちにわかったのは、菊田さんが帝劇を建てるときに込めた熱量が、いろいろな人に受け継がれているということです。今も昔も裏方さん含め、たくさんの人間の力によって菊田さんが愛した帝劇は支えられているんですね。幕内係さん、楽屋係さん、売店で働く方、それぞれのプロの仕事を取材するうちに、舞台を愛するとはこういうことかと気がつき、これを書けばいいんだと思ったんです。


河合 劇場の内側だけでなく、劇場の外にもその愛は広がっていることを感じます。小川さんの優しいまなざしが一人ひとりの人物を見つめていて、心地よかったです。たとえば「一枚の未来を手にする」では、ひいきの俳優の卒業公演のチケットを持っている薬剤師が観劇に行く途中で、ある老女を救いますよね。何があっても観に行きたいステージを犠牲にして、人を助ける。自分にはこんなことできるだろうかと思いながら物語の行く末を見守っていました。


小川 観客はどんなお芝居になるかわからない状態でチケットを買うんですよね。言ってみれば、試着どころか、見もしないまま、洋服を購入するようなものです。東宝のある社員さんが「私たちは未来を売っているんです」とおっしゃっていて、なるほど、チケットを買うということは未来を買うことなのかと思いました。
 何が起きるのかわからないのが人生ですから、その未来が計画どおりにいかないのもたびたびです。しかし予定どおりにいかなかったことのほうが案外、記憶に深く刻まれるのだと思います。後年、保管していた半券の整理をしていて、もぎられていないチケットが一枚出てきたら、一人のおばあさんと出会ったときの思い出がふわっと蘇ったりするのでしょう。それも含めてチケットなんでしょうね。


河合 なるほど、タイトルの「一枚の未来を手にする」とはまさにそのことを意味しているわけですね。

小説に描き込まれた帝劇のリアル

河合 小川さんが森公美子さんとの対談で、「内緒の少年」に出てくる「ステンドグラスの裏に入るための扉」は実際にあるとお話しされていて、びっくりしました。きっとこの小説が織り上げるピクチャーのなかにも、まだ気づいていない帝劇のリアルが細かく描き込まれているのでしょう。同じく「内緒の少年」には上演中に舞台袖で詩を読んでいる役者が出てきますが、彼にも誰かモデルがいるのでしょうか?


小川 はい、市村正親さんからお話を伺ったときに、しばらく出番がないときは楽屋に戻らず、舞台袖で本を読んでいるんだとおっしゃっていたんです。一方では舞台の音を聞きながら、もう一方では本を読み、違う世界で心を休ませてから、また舞台へと出て行かれるようです。


河合 そうでしたか。やはり、この本には私たちの目には見えない劇場の現実が詰まっているわけですね。


小川 劇場はまるで迷宮のようです。今回、内側を見せてもらって、お客さんとして来場しているだけでは目に映らない、圧倒的に広くて、深い世界があるんだと知りました。取材中に支配人さんでさえ初めて開けるドアもあったくらいですから。
「ステンドグラスの裏に入るための扉」は二階にあります。おそらくあそこにあんなスペースがあるなんてことは誰も想像していないでしょう。そもそもあのステンドグラスは皇居のお堀という東京随一の風景をわざわざ隠しているわけで、それも不思議ですよね。きっと菊田一夫の精神によるものなんだと思います。一歩劇場に入ったら、日常ではない異世界に浸ってほしいと考えたのではないでしょうか。ああいう場所を見せてもらうと、作家の想像力をかき立てられますし、小説に書かざるをえませんね。

少年としての菊田一夫

河合 素晴らしいと思ったのは、まさに今おっしゃった菊田一夫の精神を小川さんが「少年」というイメージで表現されていることです。少年が菊田一夫ではないかと、「台湾の地で三軒の家をたらい回しにされたあと、大阪に奉公に出され」たというエピソードのあたりでピンときました。また、少年は『風と共に去りぬ』に出演する馬ジュラク号に親しげに接しています。ということは、彼がいるのは日本初演時の一九六六年なのかと思ったら、次の瞬間、『エリザベート』の稽古の様子が描かれる。『エリザベート』が帝劇で上演されたのは二〇〇〇年以降なので、つまり彼は時空を飛んでいることになるわけです。この自由さはまさに小説のなせる業と感服したのですが、なぜ菊田一夫を少年として描こうと思われたのですか?


小川 『評伝 菊田一夫』(小幡欣治)に、渡辺保さんが聞いた菊田さんの言葉として、「私は立派な芸術をつくりあげてゆける作家ではありません。だが、しかし、人生の隅っこで誰からも話しかけて貰えないような子供たちの心や頭を撫でてやって……死なずに生きてゆけ、元気を出せ……と話しかけるための言葉は、私以外に誰が知っているでしょうか」(『求めてやまないもの』)と書かれていました。それを読んで、もしかしたら、菊田一夫自身がそうされたかったのではないかと思ったんです。お芝居を作ることで、母親の愛を知らずに育った自分の背中を撫でてもらいたかったんじゃないかなと。彼の欠落をそのまま少年というイメージで描きました。


河合 それを知るともう一度読み返したくなりますね。


小川 少年としてイメージすると、彼が食堂係のナターシャさんからもらった人参を馬にあげている想像も湧いてきました。


河合 食堂で働いているナターシャさんも実際にいらっしゃった方なのですか?


小川 はい。日本人なのですが、森繁久彌さんがナターシャさんと命名したそうです。帝国劇場のみなさんに慕われていたようで、森公美子さんはマイ包丁を持参して食堂のお手伝いをしていたとおっしゃっていました。メンチカツのときにはナターシャさんの横でキャベツを千切りにしていたとか。

小川洋子×河合祥一郎

消えゆく記憶を書き残す

河合 かつての帝劇では二、三ヶ月のロングラン公演があるとみんなそこに住み込んでいたそうですから、そういうこともあったんでしょうね。でも現在はそんなに長い公演はなくなりました。若い役者さんはきっとそういう情景を知らないでしょうね。


小川 そうみたいですね。でもまだ当時のことをおぼえている方はいらっしゃって、私のイメージは思い出話のリアリティに支えられています。たとえば今回、森繁久彌さんの付き人だった女性にもお話を聞きました。


河合 「サークルうてな」に付き人のつき美さんが出てきますよね。そのモデルになった方ですか?


小川 そうです。その方から、「座長」と呼ばれる人たちはいかに目配りが利いたかを教えてもらいました。今は一座や座長というもの自体がまれになっていますが、かつて帝劇には森繁さんはじめ、山田五十鈴さん、佐久間良子さんたちがいらっしゃいました。「知床旅情」が大ヒットしたときには北海道から大量のイクラが送られてきて、それをなんと魔法瓶に入れて、お腹を空かせている若い役者さんや裏方の方々に分けてあげていたとか。


河合 そういう時代があったんですね。でも思い出話を語れる人もだんだん少なくなってきたでしょう。帝劇の建物だけじゃなく、記憶自体が消えていくのはとても寂しいですね。


小川 私もそう思います。帝劇は去年の二月二十八日にクローズしましたが、若い役者さんは、舞台が終わることに慣れているからセンチメンタルな感情にはなりません、と最後の日におっしゃっていました。でも、市村正親さんは自分のように帝劇に汗も涙も染み込ませてきた人間からすれば、あらゆる場所にその痕跡を感じ取るから感傷に溺れてしまうんだと語っていましたね。


河合 まるで小川さんの『密やかな結晶』のような話ですね。かつて慈しんだものがどんどん薄れていく。言葉にならない悲しさがありますね。


小川 そもそも芝居というものが刹那的ですからね。俳優さんに初演より再演の方が楽ですか? と聞くと、そんなことはないとおっしゃっていました。毎日同じ演目をやっていても、昨日と全く同じように演じるのは不可能だと。体調も違う。心境も違う。お客さんも違う。芝居には再現性があるようで実はないということなのですが、だから観客は楽しめるのかもしれません。

演劇という魔法にかけられて

河合 小川さんは舞台をどれくらいご覧になられていますか?


小川 そう、回数は多くありません。一ヶ月に一回から二回、といったところでしょうか。ただ、『レ・ミゼラブル』はかなり観ています。たとえば一度上演が始まると、その年には東京で五回、大阪で五回、さらには名古屋 に出張して観ます。でも『レ・ミゼラブル』は何度観てもその都度、新しい味わいを感じますね。初めて観たときは死んでいく革命家たちに視線が行き、若い役者さんばかりを見ていたのですが、この歳になるとジャン・バルジャンが「彼を帰して」を歌う場面に見入ってしまいます。私も孫がいますから、他人事には思えないというか。若い人たちに私の命をあげて、無事に家に帰してくださいというあの歌の意味合いが、身に染みてわかるようになりました。


河合 小川さんは特に福井晶一さんの歌がお好きなようですね。


小川 ええ、私は自分の葬式では福井さんの「彼を帰して」を流してくれと家族に頼んでいます(笑)。


河合 じゃあ福井さんが『レ・ミゼラブル』に出演なさるときは必ず駆けつけるわけですね。


小川 福井さんのジャン・バルジャンは何度見たかわからないくらいです。見るたびに今回が一番良かったと思うのですが、それがファン心理なのかもしれませんね。今日はちょっと調子が悪かったのかなと思ったことは一度もありません。幕が上がりカーテンコールになれば、いつも福井さんに最上級の拍手を惜しみなく捧げます。同時にラスト、神に迎え入れてもらえなかった、自殺したジャベールにも、私は心のなかにあなたをちゃんと迎え入れていますよという違う種類の拍手を送ります。


河合 福井さんの作品はほかにもご覧になられますか? 今年の一月から『PRETTY WOMAN The Musical』がかかっていますが。


小川 『PRETTY WOMAN』は明後日行きます。河合さんも相当観られていますよね。先ほど河合さんの観劇記録を見せてもらいましたが、なかなかチケットが取れない、貴重な公演がいくつもありました。『千と千尋の神隠し』も観られましたか?


河合 観ました。


小川 すごくシンプルでアナログな技術を使っていることに驚きますよね。プロジェクションマッピングのようなものではなく。


河合 釜爺の手足を複数人で動かしていましたね。


小川 竜に乗っているハクも、人間が支えているわけでしょう。


河合 ええ、実にアナログですが、それこそが演劇なのだと私は思っています。


小川 高度な技術を駆使したからといって、舞台上の現実が本物になるわけではありません。偽物をいかに本物のように錯覚させるかが演劇なのでしょうね。


河合 そうそう、魔法をかけるんですね。


小川 菊田一夫も『風と共に去りぬ』では、円谷プロによる燃えるアトランタの特撮映像を背景に流し、舞台上に本物の馬を置き、そこから逃げる場面の演出をしましたが、実際に馬が走ったわけではありません。馬はその場でただ足踏みをしていただけで。やはりそこには偽りのものを使って本物のように見せかけるという魔法があったんですね。

詩と演劇の言葉をめぐって

河合 演劇は一度魅了されてしまうとずっと観続けたくなってしまうという意味でも魔法ですね。小川さんが最初に観られたミュージカルは『ジャージー・ボーイズ』でしたよね?


小川 そうです。『ジャージー・ボーイズ』でミュージカルの魔法にかけられてしまいまして。ミュージカルはなぜ突然歌い出すのかわからないという声をよく聞きますけど、それも一種の魔法なんだとそのとき身をもって知りました。歌と言っても、ミュージカルの場合、のど自慢大会のように歌っているわけではありません。本来聞こえないはずの内面の声を歌で表現しているわけですね。


河合 私はそういうところが小説と同じなのかなと思います。心の声をいかに表現するかがミュージカルでも小説でも重要になるわけですね。


小川 そうですね。でも、生身の人間が発する声と文字では熱量に差がありますから。唾が飛ぶ。汗が光る。何より役者さんには空気を動かす力があります。文字だけでそれをやれと言われたら大変です。百ページ使っても役者が表現する一瞬にかなわないなと思うことがあります。


河合 しかし書き言葉にもまた別の力があると思います。シェイクスピアの『ハムレット』にはWords, words, words.という一節がありますが、やはり言葉があるからシェイクスピアは現在にまで残っているわけですし。その言葉を頼りに新しい世代がそれぞれのシェイクスピアをやるわけで、そういう意味でも言葉は原点なのかなと。


小川 なるほど、それもそうですね。河合さんのご著書『シェイクスピア 人生劇場の達人』を拝読しましたら、シェイクスピアは徳川家康と同時代の人だと。そう考えると四百年以上もの間、繰り返し上演されていることになるわけですね。シェイクスピアが生き残っている理由は確かに言葉にあると私も思うのですが、決して日常的な言葉じゃありませんね。どちらかというと詩に近いでしょう。
「シェイクスピアは、劇作家である前に詩人であった。仮に四〇作に及ぶ戯曲を書かなくても、シェイクスピアは詩人として英文学史上に名前をとどめただろうと言われている」と書かれていましたが、彼の書くセリフは全て詩の言葉なんですよね。シェイクスピアの詩はミュージカルにおける歌に通じるような気がします。詩はもともと吟遊詩人が語ることによって伝わっていったものですから、人間の声と密接に関係するものだと思います。だから演劇と詩は強く結びついて離れがたいわけで、それをよくわかった上で戯曲を作っていたのがシェイクスピアだったんですね。

戯曲翻訳の難しさ

小川 河合さんはシェイクスピアの翻訳も手がけられていますけれど、それがどのような経験なのか私には想像もできません。英語のアクセントもあるし、韻もたくさん踏んでいる。独特のリズムもある。そうやって書かれた原文を日本語にするのはさぞかし難しいことだと思います。


河合 ほとんど不可能な作業なんです。


小川 不可能だと知りつつ挑戦されているわけですね。


河合 芝居と同じですよ。役者の方々が難しい舞台に臨んだあとのように、奇跡が起こってよかったといつも胸を撫で下ろしています。


小川 劇場に神棚やお稲荷さんがあるのはそういう困難に挑まなきゃいけないからなのでしょうね。稽古で限界まで練習し、あとは祈るのみ、というぎりぎりの挑戦を繰り返すのは、観客の想像を超える大変さがあるのだと思います。


河合 翻訳も同じですね。神棚に祈るわけではありませんが、これは絶対に無理だと感じながら挑んでいます。特に戯曲は原文の音やリズムと合わせなきゃいけませんからね。たとえば、私の翻訳ではありませんが、先ほどから名前の出ている「彼を帰して」(原題:Bring Him Home)の原文は、一行目から四行目がGod on high/ Hear my prayer/In my need/You have always been thereとなっています。日本語では「神よ わが主よ 祈りを聞かせ給え」と訳されていると思います。
 一行目はGod on highという三語、三音から始まる。ふつうに訳せば「高いところにいる神よ」となり、字余りになってしまうでしょう。しかし、「高いところにいる」は天を見上げる身振りで表せばいいので、日本語訳では「神よ」という三音だけで訳しています。うまい訳だと思います。


小川 「神よー」の語尾で高さを表現するわけですか。


河合 そうですね。歌は身振りがありますから、それを考えて訳す必要があります。また、二行目から四行目は直訳すると「私が必要とするときにあなたはずっとそこにいてくれたから、この祈りも聞いてください」です。原文は十二音なんですが、日本語では、「わが主よ 祈りを聞かせ給え」という訳で音をぜんぶ使い切ってしまうんですよね。だからIn my need以下をカットするしかない。


小川 全てを訳していると音と合わなくなってしまうから省略するわけですか。


河合 音楽に合わせて翻訳する場合によく起きる問題です。有名な例では「大きな古時計」。原文の英語を見ると、リズムに乗せるためにいろんな情報がカットされていることがわかります。原文には「古時計はおじいさんの背丈よりも一・五倍ほどあった」とか、「でも重さはちっとも違わなかった」とか、もっと細かく書き込まれているんですよ。


小川 なるほど。リズムに合わせて翻訳するのは難しいですね。英語には韻もありますし。


河合 ええ。「彼を帰して」では二行目のprayerと四行目のthereが同じライムになっています。韻を無理に訳そうとするとダジャレっぽくなってしまうんですよね。それはシェイクスピアの場合も同じです。だから私も無理だと思いながらやるしかない。
 特に『夏の夜の夢』や『十二夜』には、それまで続いていたライムが突然外れることでモードが変わるシーンがあるんです。韻が踏まれている間はふつうの芝居っぽく展開していたのに、なくなった途端に調子が変わるような箇所が。それを日本語の読者にも伝えるためにはちゃんとそこまでのライムも訳さなければなりません。戯曲翻訳はとても大変です。一般的な翻訳の何倍も時間がかかりますね。

小川洋子×河合祥一郎
河合祥一郎(かわい・しょういちろう)
1960年福井県生まれ。東京大学文学部卒。東京大学、ケンブリッジ大学より博士号取得。2026年3月末日まで東京大学教養学部・大学院総合文化研究科教授をつとめた。2001年、『ハムレットは太っていた!』でサントリー学芸賞を受賞。主著に『謎解き『ハムレット』 名作のあかし』、『あらすじで読むシェイクスピア全作品』『シェイクスピア 人生劇場の達人』ほか、訳書に角川文庫の「河合祥一郎のシェイクスピア新訳シリーズ」など。2026年11月調布市せんがわ劇場にて訳・演出の『ファヴァシャムのアーデン殺人事件』を上演予定。

シェイクスピアの時代の劇場

小川 シェイクスピアはアドリブも禁止していたそうですね。あの時代はみんなそうだったのでしょうか?


河合 いえ、そういうわけではなく、単にシェイクスピアが禁じていただけです。ただし、お抱え道化役者のウィリアム・ケンプがしょっちゅう勝手にアドリブをしていたようで困っていました。よっぽど腹にすえかねたのか、シェイクスピアはハムレットに「道化を演じる者には、決められた台詞以外は喋らせるな」と言わせています(笑)。結局、ウィリアム・ケンプは劇団から抜けましたね。


小川 座長との相性の良し悪しはあるでしょうね、どんな役者さんも。


河合 あるでしょうね。特に喜劇役者はお客さんを笑わせる芝居をするわけですから。お客さんの顔が見えるとどうしても笑わせたくなるのでしょう。


小川 取材のなかで、照明は非常に重要な仕事だと聞きました。照明が当たったときに衣装がどういう色に映るか、場面ごとに何に当てないようにするべきかを考えながら、細かくライトを調整しなくてはならないようです。四百年前のシェイクスピアの時代では、照明というとろうそくでしたか?


河合 ろうそくと太陽光ですね。ロンドンにシェイクスピアの劇場だったグローブ座が再建されていますが、天井がないんですよ。夏のイギリスは夜の九時くらいまで明るいので、芝居は太陽光で行われていました。ただ、一六〇八年にシェイクスピアの劇団が使い始めたブラックフライアーズという劇場は天井があったのでろうそくが使われました。


小川 屋根があったことが斬新だったわけですか?


河合 そうですね。灯りを消してカーテンを閉め切ってしまえば暗闇が作れるという点で斬新でした。違うのは照明だけでなく、音響もです。グローブ座では太鼓とラッパのような吹奏楽で音楽を作っていたんですが、ブラックフライアーズ劇場では室内楽の演奏に代わりました。雰囲気がガラッと変わりますよね。


小川 やはり劇場空間は面白いですね。同じ芝居でもどこで観たかによって大きく印象が異なります。最近観た『ハムレット』は京都の先斗町にある歌舞練場でした。ふだんは芸妓さんが踊りを披露したりする劇場です。舞台も狭く、セットらしいセットはほぼありませんでした。すみっこを紗のようなカーテンで囲い、そこにリュートなど古楽器を弾く人が三人ほど並んでいました。


河合 素敵な雰囲気ですね。


小川 小道具も小さいテーブルに毒入りのお酒の瓶が置かれているくらいで。おそらくシェイクスピアの時代により近づけようという企みだったのかもしれません。

劇場という空間の豊かさ

小川 河合さんがご著書のなかでシェイクスピアの演劇は狂言に近いと書かれていました。狂言では、いつの時代のどういう景色かがわからないまま、役者が出てきて「このあたりの者でござる」というところから始まる。昔話の「むかしむかしあるところに」と同じ始まり方ですね。


河合 確かにそうですね。狂言では言葉を語っていくうちに風景が見えてきます。これから都に行こうと言って登場した役者が、舞台をぐるりとまわって「いや、なにかと言ううちに都じゃ」と告げると、観客は都に着いたことがわかる。舞台装置を入れ替えないから、言葉だけで想像力をかき立てる必要があるわけです。


小川 観客の想像力に委ねる部分が多いからこそ、一人ひとりのなかに違う舞台が生まれ、劇場に豊饒な時間が流れるんでしょうね。


河合 そのとおりですね。それぞれのなかにそれぞれの世界が生まれる。その広がり方こそまさしく演劇の本質なのだと思います。


小川 しかもシェイクスピアの劇場は幕もなく、能のように張り出し舞台だった、と河合さんは書かれていました。多くの観客はその舞台を、平べったい土間に立ちながら観ていたようですね。


河合 きっとイギリス人の国民性もあると思います。彼らってパブでも椅子に座らずに立って飲んだり喋ったりしているんですよ。日本人は桜を見るときでもとにかく座ろうとしますが。


小川 なるほど。立っていると余計にほかの人と接触するから、一体感が増すような気もします。


河合 ええ。だから劇場では人々のソーシャリティが垣間見えるんだと思います。


小川 そこにはある種の緊張感もあったのでしょう。帝劇の椅子も狭すぎず、広すぎず、緊張感が保てる絶妙な広さにしていると聞きました。想像力を巡らせることはリラックスし過ぎるとできないから、と。
 シェイクスピアのグローブ座は入場料金も安かったみたいですね。パン一斤と同じ一ペニーだったとか。今のチケット代を考えるとかなりお得な値段だと思います。


河合 当時はほかにエンターテイメントがありませんでしたから。教会に行ってお話を聞くか、芝居を観るか、どちらかしかない。ただし安かったのは立ち見席だけで、ベンチ席や二階、三階に行くとどんどん高くなります。貴族たちは三階で観ていたようです。


小川 階層社会が劇場にもあったわけですか。高貴な人が秘密の階段を上がり、こっそり愛人なんかを連れてボックス席に座って観ていたのかなと想像できますね。


河合 裏階段があって、庶民と接触せずに三階に上がることができたと言います。当時は水環境が悪くて、洗濯が満足にできなかったから、人の匂いはきつかったようです。


小川 今回、小説にコロナのことは少し取り入れましたが、劇場にとって感染症は泣き所ですね。シェイクスピアの時代もペストが流行るとすぐに劇場を閉鎖していたそうですけど、当時の衛生状態を考えると簡単にウイルスが広まってしまうのでしょう。


河合 劇場が閉鎖されると地方で巡業しなきゃいけませんでした。当時は補償もありませんから、食うためには芝居を続けなきゃいけなかったんですね。

シェイクスピア劇の本質

小川 しかしシェイクスピアはすごいですね。ご著書を読むと、実務能力も高く、役者としても食べていけるだけの能力があって、なんと不動産投資までしていた。七年間放っておいたとはいえ、生涯で結婚したのはアン・ハサウェイという女性ひとりだけだったわけですから、家族をまとめる力もあったのではないでしょうか。そういう人間としての総合的な力があったからこそ、喜劇も悲劇も書けたのでしょう。作品にも人種差別や権力争い、フェミニズム的な問題や宗教のことなど、現代にも通じるテーマをいくつも盛り込んでいます。繰り返し上演されているのはそれゆえなんでしょうね。


河合 ある意味では私たちが進歩していないということかもしれないですね。ただ、シェイクスピアは結論ありきで書いていたわけではなかったと思います。イメージした人たちが勝手に語り出したのでしょう。


小川 確かにシェイクスピアの作品は、そうなってしまったという終わり方が多いですね。『ハムレット』も復讐劇かなと思っていると、だんだんハムレット自身の成長物語になってくる。そして自ら復讐するのではなく、神に委ねるという域に到達します。世の中はなるようにしかならない、とハムレットが悟っていくのでしょう。「雀一羽落ちるにも神の摂理がある」というセリフがありますが、シェイクスピアはそこに到達しようと思いながら書いていたわけではないと。


河合 あらかじめ考えていたわけではなかったと思いますが、その思想は常に彼のなかにありました。『マクベス』にも「人生は歩く影法師。哀れな役者だ」というセリフがあって、演劇と人生が重ねられています。つまり、舞台が終わると何もなくなってしまう芝居と同様に、人生も終わると全てが消えてしまう。だから死を想え、今を生きよ。いわゆる「メメントモリ」ですね。当時はシェイクスピアのみならず、そういう思想を抱え持つ人はたくさんいました。
 ペストが蔓延はびこっていたため、死の気配があちこちにあったのでしょう。ハムレットが道化師ヨリックの頭蓋骨を持ちながら「哀れ、ヨリック」と言うとき、自分もいつかは死ぬだろうという思いがある。こういう考えは小川さんの好きな「彼を帰して」にも通じると思います。あの歌にも、自分は老いていなくなる、だから彼を帰してほしいという思いが込められているわけです。だから小川さんが惹かれる理由がよくわかります。

死者と出会える劇場

小川 死がすぐそばにあるという感覚のなかで生きているからこそ、『ハムレット』のような作品が書かれたわけですね。


河合 そうですね。光があるのは影があるからという考えが根底にあったのだと思います。死があるからこそ、今を生きているのだ、と。こういう意識は、SNSが普及した現代社会では希薄になっているのではないでしょうか。みんないつまでも若く、美しくいられると信じていて、死は自分から遠いものだと感じているようですが、そんなことはありません。人はみんな死ぬんです。


小川 死は平等に訪れる。


河合 そうです。そのように考えたときに、こんなことしている場合じゃないと気づくんですよ。シェイクスピアのなかには“今”という瞬間への強烈な意識がありました。


小川 だから死者を蘇らせたりもするわけですね。死者との境界線が消えた瞬間に自分の生の輪郭がはっきりしてくるということをシェイクスピアは示したんでしょう。


河合 小川さんも『劇場という名の星座』で生と死を見つめていますよね。死者も出てきます。


小川 私は劇場とは死者に出会える場所だと思っています。舞台に立つ役者さんは死者の国から来た人と対話し、やがて死者の世界に帰っていくのだろうと。


河合 本のタイトルもそのようなイメージを喚起する詩的なものですね。人はみんな星になると言いますから。『ロミオとジュリエット』でもジュリエットが夜空に向かって「私のロミオをよこして。私が死んだら、ロミオをあげる。ばらばらにして、小さな星にするといい」とお願いをするシーンがありますが、星は死んだ人間の魂なんですよね。だから小川さんは劇場を取り囲む人たちの魂を描かれたのだろうとまず読みました。


小川 ロミオとジュリエットが彼らの望んだとおりに生きられなかったように、人生を完璧に予測することはできない。未来は不確かだから、劇場が売っているのは「未来のチケット」なのでしょう。


河合 「一枚の未来を手にする」の薬剤師のように、チケットを手に入れてももしかしたらその芝居を観られないかもしれない。


小川 ええ。だからこそ面白いのだと思います。AIと人間の違いはそこにあるのではないでしょうか。いくらAIがシミュレーションして未来予測をしたところで、思いもよらないことが起き、想像していない結末になってしまうこともある。河合さんはTo be, or not to be(あれかこれか)がシェイクスピアの悲劇の世界なら、To be and not to be(あれでもあり、これでもある)は喜劇の世界だと書かれていましたが、予測できない人生だからこそ喜劇にも悲劇にもなるんだということをシェイクスピアは私たちに教えてくれたのだと思います。
 考えてみれば『ロミオとジュリエット』は五日間のできごとを描いた作品なんですよね。時間を巧みに操作するのもシェイクスピアのすごいところです。観客は舞台上の物語に惹き込まれ、自分たちもロミオとジュリエットの間に流れる時間に一緒に参加した気になれます。好きな人といるとあっという間に時間が経つという幸福に二人と一緒に酔いしれたくて、みんな高い切符代を払うんです。


河合 現実的な秩序のなかで刻まれるリアルな時間をクロノスと言い、心のなかに流れる時間をカイロスと言いますが、シェイクスピアはそのギャップをうまく使っています。「内緒の少年」で少年が時空を飛ぶのを見て、読者は同じような時間の錯覚を味わうと思いますよ。まるでシェイクスピア的だと思いました。
 少年は再び登場して、新しい劇場のチケットを手にしますが、私はあの場面を読みながらC・S・ルイスを思い出しました。彼の『ナルニア国物語』は最後に真のナルニアであるアスランの国へ行きますけど、キリストの国、つまり天国なんですよね。天国では過去にあったものごとが常に起きている。死んだはずのお父さんやお母さんにも会える。現実的な時間の感覚はやはりなくなっているわけです。


小川 だから時が過ぎ去っても、過去のできごとにはならない。


河合 少年時代の菊田一夫もその世界にいるのではないかな、と。そこにあるのは常に“今”という感覚だけなんですよね。

「帝劇」は果てしなく奥が深い

河合 しかし、私も数えきれないほど帝劇には通っていますが、『劇場という名の星座』を読み、また今日のお話を聞いて、改めて知らないことばかりだったのだなと思いました。小説に登場する一つひとつのディテールが現実のものなんですね。「こちらへ、お座り下さい」には座った人に幸せが訪れる幸運の椅子が出てきますが、あれも実際にあるのですか?


小川 初代の帝国劇場にあったそうです。その椅子は有名だったようで、映画にもなったと東宝が出している『帝劇の五十年』に書かれていました。今もまだ幸運の椅子は劇場にあるのではないかと考えてあの短編を書きました。もしかしたら河合さんもお座りになったことがあるかもしれませんね。


河合 なるほど。いや、その椅子の存在も知りませんでした。小川さんが小説に書いてくださったから知ることのできたものばかりですね。


小川 劇場は果てしないほど奥が深いんです。取材のために何度も訪れたのですが、一日として何も成果がなかった日はなくて。帰り道は毎回、同行してくれた編集者さんと一緒に今日もすごかったねと言いながら、日比谷通りを興奮気味に歩いていました。朝、劇場に入っていろいろ見たり聞いたりして劇場をあとにすると、すでに日が沈んでいる。まさしく、劇場のなかでは時間の流れが止まったようにいつも感じられましたね。


河合 最後の「劇場は待っている」には「パラソル小母さん」というロビーでパラソルをさしているユニークな人物が出てきますが、彼女は『掌に眠る舞台』に登場した、プログラムにサインをしてもらうためだけに劇場の楽屋口に通う花柄さんを彷彿とさせました。「パラソル小母さん」にもモデルはいるのでしょうか?


小川 はい、劇場でグッズを売っている係の人に伺いました。昔、大きな声で喋っていたら、あるお客さんに帝劇でそんなお下品なお声を出すのはよしなさいと叱られました、と。マナーが今よりも厳しかったんでしょう。取材をしていると、そんなファンもいるのかと驚かされることが多々ありました。ほかにも、自分の好きな俳優さんが九階のお稽古場で稽古中なのを知っていて、近くにいることを少しでも感じるために、帝劇の外からずっと九階を見上げているファンの話とか。役者だけではなく、一人ひとりの観客に物語があるのだなと取材のたびに感じました。


河合 そういうファンの存在は芝居を観たり、取材したりしているだけではわかりませんね。


小川 しかし漏れ伝わってくるんです。帝劇の精密なミニチュアを作っている方もいらっしゃるようです。インスタグラムで見かけました。


河合 いやはや、驚かされますね。


小川 先ほど狂言のお話がありましたけど、お芝居は演じる側だけでなく、観ている側もどこか狂うことなのだと思います。そういうファン心理は、作家の想像を遥かに超えたものなんです。
 あと、支配人さんから聞いたのは、チケット代を騙し取られてしまった女の子の話です。二人組の中学生くらいの少女だったそうですが、チケット代をネットで払ったのに手元に届かなくて、劇場の前で泣いていたんだとか。それを知った支配人さんが、関係者だけが入れるお部屋に入れて、一幕だけ観させてあげたとおっしゃっていました。


河合 「一枚の未来を手にする」に大好きな俳優さんが出る舞台のチケットが手に入らなかったけど、どうしても諦められず、田舎から帝劇にやってきた少女が描かれていますよね。劇場の前の植え込みでおにぎりを食べたり、疲れてしゃがんだりしていると、支配人のような男性が声をかけてくれて、売店に案内してくれる。


小川 はい、あの少女がおにぎりを食べている植え込みも現地で調査しました(笑)。実際に食べられるスペースがあるのかどうか。


河合 なるほど、それさえも現実だったんですね。


小川 今回の小説は劇場で見聞きした現実をもとにしているのですが、そのリアリティを足場にできたから自由に書けたのだなと感じています。とても楽しい仕事でした。自分が好きな舞台芸術にこんなに深く関われて、すごく幸福です。


河合 私も自分の知らない帝劇を知ることができてよかったです。今日伺ったお話は『劇場という名の星座』の注釈になりますね。家に帰って、もう一度丁寧に読み直そうと思いました。

(2026.3.3 神保町にて)

「すばる」2026年6月号転載

『劇場という名の星座』特設サイト

特集・帝国劇場 小川洋子 著「劇場という名の星座」出版記念

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