ヒトコワ――。
それは幽霊や妖怪、超自然現象ではなく、“生身の人間”がもたらす怖さ。
そして今ここに、出されたお題に対して、大喜利形式でヒトコワな回答を披露するという、奇天烈企画に果敢に挑む猛者もさたちがいた。
浅倉秋成、新川帆立、似鳥鶏。
今を時めく個性豊かなミステリ作家三名である。
書評家・若林踏の舵取りのもと、《ヒトコワ王》の称号をかけた熾烈極まる戦いの末に、彼らが行き着いた人間の怖さとは――?

司会・構成/若林 踏 撮影/大槻志穂

ヒトコワ大喜利
あさくら・あきなり●89年千葉県出身。12年「ノワール・レヴナント」で講談社BOX新人賞“Powers“を受賞しデビュー。他の著書に『教室が、ひとりになるまで』『六人の嘘つきな大学生』『俺ではない炎上』『まず良識をみじん切りにします』など。
ヒトコワ大喜利
しんかわ・ほたて●91年米テキサス州生まれ。21年『このミステリーがすごい!』大賞を受賞した『元彼の遺言状』でデビュー。25年『女の国会』で山本周五郎賞を受賞。他の著書に『令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法』『目には目を』など。
ヒトコワ大喜利
にたどり・けい●81年千葉県生まれ。06年「理由あって冬に出る」で鮎川哲也賞に佳作入選しデビュー。他の著書に「市立高校」シリーズ、「楓ヶ丘動物園」シリーズ、「戦力外捜査官」シリーズ、『推理大戦』『夏休みの空欄探し』『小説の小説』『刑事王子』など。

司会

ヒトコワ大喜利
わかばやし・ふみ●86年千葉県生まれ。ミステリ書評家。各媒体でのミステリ小説の書評、文庫解説を中心に活動。著書に『新世代ミステリ作家探訪』『新世代ミステリ作家探訪・旋風編』がある。

ルール説明
●出場者は出されたお題(シチュエーション)に対して、「ヒトコワ!」と思わせる回答とプレゼンをおこなう
●お題は計三題
●すべてのお題が終了した後、出場者・司会者・担当編集者の計八名で投票をおこない、もっとも「ヒトコワ!」と思わせる回答をした《ヒトコワ王》を決定する(出場者は自分以外に投票する)

若林 さあ、いよいよ始まりました「ヒトコワ大喜利」! これはミステリ作家のみなさんにお題を出して、思わず「人間って怖い!」と読者が震え上がるような回答をひねり出してもらう、前代未聞の大喜利企画でございます。本日は司会の若林から三つのお題を出しますので、みなさん、「ヒトコワ」な回答をビシッと決めてください。全問終了後、本日もっとも「ヒトコワ」な答えのできた作家、つまり《ヒトコワ王》を投票で決定いたします。《ヒトコワ王》には立派なトロフィーも贈られますので、みなさん頑張ってくださいね。まずは今回の出場者に意気込みを伺いましょう。
浅倉 浅倉秋成です。作家としてはそんなに人を怖がらせるような作品は書いてこなかった気がするなあと思いつつ、いま横にいる他のかたを見ても「むしろ笑わせるほうが得意な作家なのでは」と、この企画の行く末が少し心配になりました。が、この場に立ってしまった以上は腹をくくるしかない。全員の背筋を凍らせるような回答を披露して、優勝トロフィーを掴み取ってみせます。たった三人で一つのトロフィーを奪い合うだなんて、小説家がもらえる賞でここまで低倍率のおいしい賞は他にありませんしね!
若林 浅倉さん、それは言わないお約束です!
新川 やっぱり怖がらせるというか、天然で笑わせる人のほうが今日の出場者には多い気が……。あ、新川帆立です。「ヒトコワ大喜利」、何が怖いってミステリ作家にこんな企画をオファーしてしまう小説すばる編集部が一番怖いと思います。若林さんだって、書評家なのになんでそんな「笑点」の春風亭昇太さんみたいな格好をしてしゃべってるんですか? 今後のお仕事、大丈夫ですか?
若林 新川さん、それも言わないお約束です!(涙)
新川 まあ、ともかく私はすごく性格が良い人なのであまり怖いことは思いつかないかもしれませんが、精いっぱい怖い感じを出していきたいなと思います。よろしくお願いいたします。
似鳥 今の新川さんの挨拶にものすごく引っ掛かるところがあったのだけど、まあいいか。えー、ここで挨拶代わりに小話を一つ。私の息子が八歳になりまして非常によくしゃべるようになったのですけれど、まあ子どもというやつは大人に見えないものが見えてしまうらしいんですねえ。この間なんか隣で寝ていて「おやすみ」ってささやく声がしたと思ったら、息子が「おやすみ」って答えたんですよ。みなさん、よろしいですか。「おやすみ」って答えたのは息子なんです。じゃあ、最初に「おやすみ」とささやいたあの声は一体誰のものか。まあ、子どもはやはり天才と申しますが、ホラーに関しても子どもは天才だなあと、そんなふうに最近考えている似鳥鶏でございます。
若林 なんか稲川淳二みたいな本格怪談がいきなり始まったよ! このままだと収拾がつかなくなりそうなので、さっそく第一問にいきますよ。

ヒトコワ大喜利

第一問
朝のホームルームの出席確認で、自分の名前だけが呼ばれなかった。なぜ?

ヒトコワ大喜利
浅倉秋成の回答

一同 ええと、これはどういう……。
浅倉 あれっ、さっそくスベっちゃった……?
若林 いえ、大丈夫です! というより、これは笑いを取りにいく大喜利ではなくて「ヒトコワ大喜利」なので、ウケたもスベったもないです!
浅倉 ああ、そうだった。これはですね、小学校のホームルームで先生が名前を呼んでいて、「吉田敬之助くん」と呼ばれて、僕は「はい」と返事をしているんです。でも僕は「吉田敬之助くん」ではないんです。僕はクラスの人間ではなく学校にこっそり忍び込んでいる人間で、本当は「吉田敬之助くん」という名前ではない。けれどホームルームで先生が「吉田敬之助くん」の名前を呼ぶたびに返事をしているので、いつの間にか僕が「吉田敬之助くん」として認識されるようになった。だから僕の本名は呼ばれないまま、という状況なんです。
似鳥 おお、なるほど。先生はもちろん、周りのクラスメイトも「吉田敬之助くん」と思い込んでいるところがポイントですね。
浅倉 そう。もしかしたら本物の「吉田敬之助くん」はすでに死んでいるのかもしれない。だけど、誰もそのことを言わない。クラスメイトでもない子どもが「吉田敬之助くん」を名乗っても誰も気にしない。この学校のクラスはそのままずっと同じ日常を送っている。
新川 うん、じわじわと怖さが滲み出てきましたね。
浅倉 新川さん、優しい。フォローありがとうございます。さすが自分で自分を良い人と言うだけのことはある。いや、でもすぐに「怖い」と思ってもらえなかったのはちょっと悔しいな……。
似鳥 もしかしたら、これは回答する人によって違ったニュアンスで受け取られる話なのかもしれませんね。浅倉さんがしゃべると、作品のイメージからどうしてもユーモアの方向に捉えてしまう人が多いのかも。
新川 なるほど。あと浅倉さん、字が綺麗で良いなと思いました。
浅倉 評価するポイント、そこ!?

ヒトコワ大喜利
ヒトコワ大喜利
新川帆立の回答

一同 ええと、これはどういう……。
新川 めだかの学校に人間が入って、襲おうとしているところです。
一同 ええと……。
新川 …………。(隣に救いを求める視線を送る)
浅倉 「さっきあなたのフォローをしてあげたんだから、私のことも助けてくれるよね?」ってアイコンタクトを送ってこないで!
新川 浅倉さん、優しさが足りないなあ。
似鳥 でも、これは童謡の「めだかの学校」ってことなんでしょう?
新川 そう。でも、そこを人間が襲撃してしまうんです。
浅倉 ああ、「そっとのぞいてみてごらん」の人間がここに描かれているわけか。
新川 そうそう。この人間は名前を呼ばれないけれど、それは当然で、なぜなら「めだかの学校」のホームルームだから。
似鳥 なるほど。しかも「めだかの学校」を襲った人間は、めだかを食べてしまうという。
新川 違う! めだかを食べてはいません。
若林 えっ、じゃあこの口の横に描かれているのは?
新川 それは気泡! 川の中に顔を突っ込んでいる状態だから。
浅倉 なんだ、めだかを食らう人間じゃなかったのか。でも、この回答に「ヒトコワ」の要素はありますかね?
新川 それは人間側の視点で考えているからです。めだかの視点に立てば、いきなり襲ってくる人間って怖いでしょう? 「ヒトコワ」って、人間が怖いということだけど、この大喜利では「人間の視点から見て怖い」という縛りはありませんよね。めだかから見て「人間が怖い」ことを答えてもいいはず。
若林 まさにフェアとアンフェアのギリギリのラインを攻める感じですね。
新川 これぞミステリ作家、という回答を狙ってみました。
似鳥 うん、確かにお見事。めだかを食っている絵も怖いしね。
新川 だからめだかは食われてないってば!

ヒトコワ大喜利
ヒトコワ大喜利
似鳥 鶏の回答

似鳥 これはどういうことかというと、このクラスにひとり、人気小学生インフルエンサーがいるんですよ。それはもう国民全員から崇拝されるほどのたいへんな人気ぶりで、あれをやればかわいい、これをやれば素晴らしいと言われる。一方で少しでもこの子を批判するようなことをSNSなどに書いた途端、たちまち大炎上してしまう。本人もそれは分かっていて、「僕に敵対するようなことをちょっとでも書いたり言ったりすれば、おまえらの人生はすぐに終わりだからな」という態度を取り始めて、だんだんとやることが傍若無人になっていった。そして今、この子のマイブームはクラスメイトの誰かに成り代わって、その子の家で暮らすことです。
一同 うわ。
似鳥 「僕は○○くんになる」と言われたが最後、名前を呼ばれた子はもう自分の家には帰れません。なぜなら、その小学生インフルエンサーが○○くんなのだから。○○くんは家を追い出されて、その後はどうなるか分かりません。一方でインフルエンサーの子はというと、遊びで家に火を付けたり、その家のお姉ちゃんの背中にいっぱい傷を付けたり、おばあちゃんを階段から落としてみたりと、悪逆の限りを尽くす始末。でも誰もその子を叱れません。この子を怒らせると国民全員から嫌われてしまうわけですからね。そして小学生インフルエンサーは今日もこう言います。
「さあ、次は○○くんの家を壊してみようかな」
 今日、○○に入る名前は、ひょっとしてあなたかもしれません。
浅倉 ショートショートがまるごと一本、誕生してしまった……。
新川 都市伝説の締めのセリフみたい。
若林 これはかなりしっかりとした怖い話でしたね。
浅倉 うう……、なんだか自信がなくなってきた。誰か今から連絡がつきそうな作家さん知りません? 僕とチェンジで。
若林 できません! それでは次のお題にいきますよ!

ヒトコワ大喜利

第二問
昼の十二時、見知らぬ人に突然声をかけられた。なんて?

ヒトコワ大喜利
新川帆立の回答

若林 これは非常に生々しい、怖い回答だと思います。
新川 実際に私が体験した話なんです。場所は新宿の歌舞伎町で、あるチェーンのラーメン店に行こうと思って歩いていたところに、男の人から声をかけられたんです。私はなぜかよく道を尋ねられるんですが、まさか唐突にこんな言葉を向けられるとは思ってもおらず、恐怖を感じました。
似鳥 ただラーメンを食べるために歩いていただけなのに。
新川 そう。しかも夜の歌舞伎町ではなく、昼間ですからね。
浅倉 あ、そうか。このお題には「昼の十二時」という設定がありますもんね。それを考えると余計に怖いです。

ヒトコワ大喜利
似鳥 鶏の回答

似鳥 「小林孝之さんですよね?」かれた人は「いえ、違います」と答えます。「え? あなた、小林孝之さんのはずです。どうして嘘をつくんですか」「いやいやいや、そんな人じゃないです。小林孝之さんってどういう人ですか」声をかけてきた人は一枚の写真を見せます。「こういう人です」「違うじゃないですか。顔つきも全然違うし、背丈も違う」「え? 顔は変えたんですよね。身長も変えたんですよね。分かりますよ」「いや、見た目の年齢が違うじゃないですか」「だから顔を変えて年齢も誤魔化したんでしょ。あなた、小林孝之さんでしょ」訊かれた人は怖くなって逃げるわけですが、なぜかその付近に行くと必ず待ち伏せていて、「やっぱりあなた、小林孝之さんですよね」と声をかけてくる。否定すればするほど「なんで逃げるんですか。小林孝之さんだからでしょ」と相手は執拗しつように尋ねてくる。
 一週間後、声をかけられた側の男性は両方の眼球をえぐり取られた死体で発見されます。当然警察が捜査に乗り出しますが、実は報道機関に伏せられていることがありました。同じ警察署の管内で、眼球を抉り取られた男性の死体がすでに複数見つかっていたのです。その男性たちは年齢も外見も職業も出身地もばらばら。ただ捜査の過程で共通点が一つだけ浮かんできた。それは被害者たちが殺される直前、周りの友人や知人に「小林孝之って誰だよ。小林孝之なんて知らねえよ」と言っていたということです。
新川 え、ちょっと怖すぎて、息止まってました。なんで両目が抉り取られていたのかも分からないし。
似鳥 さあ、なんででしょうねえ。もしかしたら抉り取られたのではなく、いきなり弾け飛んでしまったのかもしれないし。
新川 余計に怖い!
浅倉 確かに怖かった。でも、これって大喜利の答えですかね? もはや怪談になっている気がするのですが!
新川 そうですよ、普通に怪談を語っているじゃないですか。これは「ヒトコワ大喜利」としてどうなんでしょうか、審判の若林さん!
若林 いや、審判ではなく司会なんですが……。まあ、きちんと「ヒトコワ」の回答にはなっているので、セーフとしましょう。
似鳥 ありがとう! 審判の若林さん。
若林 いや、だから審判ではなく司会です。(小声で)ああ、どんどん書評家の肩書が遠ざかっていく……。

ヒトコワ大喜利
浅倉秋成の回答

一同 おお、これだ! こういうのが良いですね!
浅倉 ありがとうございます! 『孤独のグルメ』のひとコマみたいなみんなの反応が嬉しい! 一問目でやらかしてしまったムードを払拭できたぞ!
似鳥 これ、目の前にいたらゾッとしますけど、本当にいるかもしれないという現実味のある怖さです。
浅倉 今回は「ヒトコワ」というものをシンプルに、かつポップに表現することを狙ってみました。自分の中では駅のプラットホームで、どこにでもいそうな人がしれっとした顔で声をかけてきているイメージです。
新川 うんうん、まさにそう。あと、やっぱり浅倉さんが達筆なのが怖さを倍増していると思う。
浅倉 また、そこをツッコみますか!
若林 いや、でも本当に分かりやすく「ヒトコワ」というか、怖い話なのにくすりと笑ってしまうようなところもあって。それこそ『まず良識をみじん切りにします』(光文社)に収められているようなブラックユーモアのある浅倉さんの短編みたいです。
浅倉 もしかしたら、自分で怖がらせることを狙って書かないほうが怖いことを書けるタイプなのかもしれません。『まず良識を~』に収録されている「行列のできるクロワッサン」も自分では笑える話として書いたのですが、「あれは怖い短編でしたね」と感想をいただくことが多くて少し驚きました。
新川 作者はゲラゲラ笑って書いているけれど、周りからすると怖い話になっているという感じですか。でも、私も同じタイプかもしれません。「怖がらせてやろう」と思って書くよりも、天然で怖い話が出来上がってしまう気がします。
若林 新川さんの『令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法』(集英社)にも怖くなるような短編が収められていますね。
新川 ある編集者さんから「新川さんの短編って、人が死んでも登場人物がけろっとしていてあまり動じないところが怖いです」という感想をいただいたことがあります。それ以外の作品でも「主人公がかなり大変な状況なのに前向きで動じないですよね。光が強すぎてちょっと怖い気もします」と言われたことがあって。私の場合、「何にも動じない登場人物」が怖いと思わせているのかも。
若林 「人が死んでも動じないところが怖い」という話が出ましたが、人間の死や不幸な出来事を作中に織り交ぜやすいという点において、ミステリとホラーは共通項が多いですよね。『そこにいるのに 13の恐怖の物語』(河出文庫)など、ミステリだけでなくホラーも書かれている似鳥さんは、その点についてどう思われますか?
似鳥 人の死を扱うことが多い時点で不謹慎にしかなりようがないので、そういうジャンルが背負う「業」のようなものは似た部分がありますよね。ミステリのジャンルには、特定の社会問題を浮かび上がらせるためにあえて不幸な出来事を書く、いわゆる「社会派ミステリ」が定着しているといった違いは多少ありますが、不謹慎の度合いはミステリもホラーも大差ないと思います。だからといって「どうせ不謹慎なものだから」と開き直るのではなく、不謹慎なものを書いているという自覚を持ったうえで創作に臨むべきだとは思いますが。
若林 なるほど。ちょっとみなさんの小説観にかかわる話題になりそうだな、と思っていろいろとお伺いしてみました。(小声で)ようやく書評家らしい仕事ができた気がする……。それでは、最後のお題にまいりましょう!

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第三問
ここでなにが起きた?

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似鳥 鶏の回答

似鳥 これは某SNSで二年ほど前にアップされた画像です。これをアップしたアカウントはそれまで取り留めのない日常について投稿していましたが、ある日突然「やばいもん見ちゃったかもしれない。これ、どうしよう……」と発信して、そのまま「やばい」を延々と投稿し続けるようになる。そしてまたある日、交差点を背景に自撮りをした写真がアップされるのですが、どうやらそこからアカウント主が行方不明になってしまったようです。投稿のリプライやDMに返信は一切ない。しかも、周囲の話を整理していくとアカウント主との連絡がつかなくなったのは、例の写真がアップされた直後らしい。当然、何が起こったのかとSNS内で噂が広がり、みんなが「じゃあ、問題の投稿を見てみようじゃないか」と検索をかけてヒットしたのが、これ。
浅倉 あれ? さっき似鳥さん、「自撮り」って言ってませんでしたっけ?
似鳥 はい。この写真、実は投稿時のものから変わっています。他の投稿はそのままなのに、この最後に遺された投稿写真だけが本人の写っていない写真に変わっているんです。誰がやったのか、なぜそんなことをしたのか、どのような方法を使ったのかも分かりません。ただ、画像をよく見てください。不自然ですよね。撮った本人がいたはずの場所と、周りの風景が少しずれているように思いませんか。なぜこんなことが起こったのか誰も分からないですし、アカウント主は未だに行方不明だそうです。以上でございます。
新川 異議あり! これって「ヒトコワ」ですか? スーパーナチュラルの要素が入っていませんか?
似鳥 アカウント主が行方不明になってしまったのは分かりませんねえ。写真についてはデジタル加工で消したのかもしれませんけれど、真相は分かりません。
新川 うーむ、人の手による可能性があるのならば「ヒトコワ」なのかあ。でも、怖かったのは確かです。
浅倉 はい、つい聞き入ってしまいました。

ヒトコワ大喜利
浅倉秋成の回答

一同 おお……!!
浅倉 またまた好感触で良かった! 二問目と同じく「ヒトコワ」というものを素直に考えてみました。
似鳥 電車を止めようとした人と同じく、こちらも意外と身近にこういう人がいそうでリアルな怖さを感じました。
浅倉 自分の中で「ヒトコワ」の定義というか、もっとも「人間が怖い」と思う状況って何だろうと考えたんです。そこで思い至ったのは、悪意ではなくむしろ善意の向こう側にあるもののほうが「ヒトコワ」になるのでは、ということ。二問目の「ユミコさん、遅れてるんじゃないかな。電車止めてあげよう」という心理と一緒で、「綺麗なお花がある。妻が好きだから持って帰ってあげよう」と、善意に溢れているけれど、他人から見ると怖いことをしているという自覚がまったくない。これこそが「人が怖い」という感情を生むのではないか、と。
新川 浅倉さん、「ヒトコワ」についての作風が確立されてきましたね。
浅倉 ちょっとこれ、トロフィーが見えてきたんじゃないの?

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新川帆立の回答

新川 この交差点はですね、「ここでトラックにかれるとチート能力を身に付けたうえで異世界に行ける」という噂で有名な場所なんですよ。飛び込み自殺が多いのだけれど、みんなニコニコ笑いながら車が行き交う道路に飛び込んでいく。
似鳥 うわあ、それはすごく嫌な交差点だ。でも転生ってファンタジーじゃ……あ、そうか、別に転生なんかしないでただ死んでいるだけ、という可能性もあるのか。
新川 その通り。さっきの似鳥さんの回答と同じですね。別に超自然的な要素があるとは限らない。ただ人が死んでいるだけのお話なのかも。
浅倉 だったら、まさしく「ヒトコワ」ですよね。
新川 めだかのときよりみんながちゃんと怖がってくれて良かった! めだかの学校が自信作だっただけに、あれでダメだったからどうしようかと思っていました。
一同 あれ、自信作だったの!?

ヒトコワ大喜利

若林 さあ、これで全問終了しました。それでは会場にいる出場者と私、編集者の計八名による投票をおこない、《ヒトコワ王》を決定したいと思います。みなさん、投票用紙に今日もっとも「ヒトコワ」な回答をしたと思うかたの名前を書いて、若林にお渡しください。
 それでは投票用紙が揃いましたので、開票に移ります。
 投票の結果は……、浅倉さん四票、新川さん三票、似鳥さん一票。ということで、《ヒトコワ王》は浅倉秋成さんに決定しました! おめでとうございます!
浅倉 うわっ、やった! 最初の大コケからまさかの優勝!
新川・似鳥 おめでとうございます!
若林 はい、それでは《ヒトコワ王》の証しであるトロフィーを浅倉さんにお贈りいたします。
浅倉 おお、本当に豪華だ。出場者三人だけなのに、こんなに立派なトロフィーをもらっていいのだろうか。
若林 では最後に、本日の感想をみなさんから一言ずついただきましょう。
似鳥 「ヒトコワ」をテーマに三人の作家が頭をひねって、怖いと思ってもらえるような回答を考えてきたわけですが、何が一番怖かったかというと、三人が思う「怖い」の概念がばらばらだったことですね。私が怖いと思うことを他の二人が笑いながら書く可能性があるし、逆に他の二人が怖いと思うことを私が笑いながら書く可能性もある。みんなが何をフックに「怖い」話を書き始めるんだろう、ということが見えた時間だったと思います。
新川 まずは「戦いが終わったな……」という感じです。とにかく戦い抜いたぞ、と。大喜利に答えているうちに、だんだん三人それぞれの作風が出来上がっていったことが面白く感じましたね。しかもそれが普段書いている小説にもリンクしている部分があるのも興味深かった。あと、他人から見て「怖い」と思われていることに無自覚なところがあるのかも、と我が身を振り返ることもできて、すごく貴重な体験でした。
浅倉 『ショーハショーテン!』(集英社「ジャンプスクエア」にて連載中)という漫画の原作を担当していて、大喜利をテーマにした回も書いたんですが、まさか自分自身が大喜利を、しかも笑わせるのではなく怖がらせるかたちでおこなうとは思ってもいませんでした。でも、普段はジャンルとしてホラーを書く機会があまりないので、こういうかたちで「『怖い』って何だろう?」と見つめ直すことができたのは本当に良かったです。それにこんな立派なトロフィーをもらうことができて嬉し……あれっ、このトロフィー、よく見たら「第一回」って書いてありますよ。
若林 うんうん、みなさんそれぞれが考える「怖い」に向き合う時間になったことで、ご自身の小説を書くうえでのヒントを掴めた企画にもなったようです。良かった。
 それでは「第一回ヒトコワ大喜利」はこれにてお開き。また「第二回」でお会いしましょう!
浅倉・新川・似鳥 え、続くの? この企画、続くのぉぉぉ!?(この日いちばんの恐怖で引きった顔になる三人)

ヒトコワ大喜利

「小説すばる」2025年8月号転載