『わたしを庇わないで』刊行記念インタビュー 石田夏穂「人間のいいところよりも悪いところを書きたい」
石田夏穂さんの『わたしを庇わないで』は、表題作と「小人二十面相」、「世紀の善人」を収録した最新短編集。現代における見ることと見られることの矛盾や暴力性を、ユーモアにくるみながらも鋭く突く三作品について、石田さんに伺いました。
聞き手・構成/綿貫あかね 撮影/大槻志穂
自分を庇ってくれるいい子ちゃんが嫌いだった
――表題作の「わたしを庇わないで」は、太っているアヤノが主人公。勤めている水産会社の商品PRのため、取引先の飲食店での食事シーンをSNSに投稿する仕事をしています。当初は美人の先輩が食べているところをアヤノが撮っていましたが、ある店で彼女が食べる役になります。すると話題になり「いいね!」が爆増。彼女は体型を逆手に取り、自らを“デブ”と称して投稿をエスカレートさせていきます。この小説の種はどこから浮かんだのでしょうか。
相手に対してネガティブとされる言葉は使ってはいけないという発想は、面と向かって言う以上にひどいのではないかと、かねがね思っていたんです。それと、この小説が掲載された『すばる』が笑いの特集だったので、主人公が意図せず笑われてしまうシーンを書きたいと思いました。太っている人はただ食べているだけで、何だか痩せている人よりおいしそうに見える。それを見た人が「おいしそうだね」と言うのに悪意はない。でも本人は特においしいとは思っていないシーンです。
――現代では太っている人をデブと言ってはいけないとされています。でも言葉自体はよく知られているし、太っているのは見えている現実なので、口に出さなくても心の中には浮かんでいることもありますよね。しかし言わない。そういうルッキズムにまつわる矛盾を突く話でもあります。
たとえば、太っている子どものわたしに「石田はデブ」と言う子がいたとします。すると「やめて。夏穂ちゃんはデブじゃない」と庇ってくれる、やさしい子が出てきます。そういういい子ちゃんが嫌だったんですね(笑)。わたしが太っている自分を気に入っているかもしれないのに、庇われるとこちらが劣勢なのが確定してしまいます。
――そういう庇う行為が致命的な矛盾だとアヤノは指摘します。近年は自分らしさを肯定しようという動きがある一方で、美は尊いという文脈で、あらゆる広告などから受ける「痩せていないとダメ」という抑圧も強く感じます。
いくら太っているあなたのままでいいと言っていても、世の中の大半はそうは思っていませんよね。カロリーはこうやって消費しようとか、むくみはこう撃退するとか、デブではいけないとするさまざまな表現があります。その嫌〜〜〜な感じを書きたかったんです。大多数の人間は目で見てものを判断します。だから人は見た目じゃないというのは噓だろうなと。昔から人間は性悪説だと思っているんですよ。
――それは、幼い頃からアクションヒーローものや、勧善懲悪のドラマを見てもそう感じていたんですか?
そうですね。たとえば大河ドラマの主人公は大概「戦のない世の中を作りたい」と言いますが、絶対噓(笑)。出世したい、支配したい、領土が欲しいと正直に言えばいいのにって。小説でもいい人が出てくると噓だなと思ってしまいます。人間は打算的だし、得をしたいし、発言にも裏があるはずなので、純粋な人はあまり信じられない。そうじゃないでしょうと言ってやりたい意地悪な心があります。
――噓や欺瞞が苦手なんでしょうか。
そうかもしれません。ストレートに本音を言えない気持ちもわかるんですが、ついそういうことを思ってしまうねじれた性格で(笑)。偽善が嫌いなんでしょうね。
美しいことは生き物としてもっとも強力
――「小人二十面相」もルッキズムについての小説と読むことができます。まず、主人公の望は小学六年生の女の子。小説の中心に子どもを据えるのは、石田さんの作品では珍しいと思いました。
とくに積極的な気持ちではなかったのですが、何か新しいことをやってみたくて。
――望たち仲良しグループ六人で、卒業記念にディズニーランドへ行く話が持ち上がります。でも望は七五三写真の写りの悪さから自分の顔が嫌いになり、それ以来鏡やガラス、写真に映った顔を見るのを必死に避けて生活しています。ディズニーに興味がない上に、そんなところに行けば写真を撮られまくるため、全然乗り気ではない。この設定がユニークでした。小学六年生だと思春期の入り口で、顔のディテールや体型などの見た目が非常に気になる年頃ですね。
そうですね。あと、ディズニーランドに行く話にしたかったので、卒業の年の春休みがいいなと。
――なぜディズニーランド?
子どもの頃に、友達の間でディズニー外交みたいなものがあったんですよ。サラリーマンと同じく、誘われたからにはみんなで行かなきゃいけない、という儀式のようなものが。それでディズニー全般にまったく興味がないのに、これまでなぜか二十回くらい行っています。わたしは埼玉出身なのですが、早朝に関東近郊の武蔵野線に乗って仕方なくディズニーに行くのは、出勤するサラリーマンと似ていて、そういう気持ちを書きたくて。
――なるほど。だから望は妙に老成したところがあるんですね。でも一方では年相応に見た目を極端に気にしています。ところが卒業アルバムの写真を、友達が勝手に開設したインスタグラムで見ると、自分が美少女に写っている。映り込むものの素材や曇り具合、顔の角度など、条件によってかわいくなったりブスに見えたりすることに気づきます。
誰でもそうですが、鏡の位置や角度とかで、よく見えるときと悪く見えるときがあります。それを書いたら面白いかなと思いました。
――マクドナルドのトイレの鏡はブスに見えるから避けるとか、母親の無印良品の鏡は美少女に映るから頻繁に見るとか、妙に細かいこだわりは彼女にとっては切実なのにだんだん滑稽に感じてきます。自分という実像はひとつだけで、映るものはすべて虚像であるにもかかわらず、人間はそれに振り回されてしまうものです。
どうしてでしょうね。でも美しいということは、生き物としていちばん強力ではないかと思います。お金がたっぷりあっても価値が暴落するかもしれないし、家を持っていても災害でなくなるかもしれない。富豪の配偶者がいても離婚する可能性がある。でも見た目は自分から離れないもの。見た目がいいというのは、究極的に価値がある気がします。
――そこはやはり、中身ではなく見た目なんですね。
中身ってまったく信じていないんです。
――望はインスタグラムの写真加工についても、似合う服を着ることやメイクと同じで、いけないことではないと言っています。写真加工はアプリの登場で当たり前になりましたし、整形もカジュアルに行う人が増えていて、タブー視されなくなってきました。
メイクは噓だけれど、整形は噓ではないような気がします。
――見えているものを信じる、ということでしょうか。
そうですね。人はどれだけ愛想が良くても、何を考えているのか、外からではわかりません。よく見た目と中身は並べて語られますが、わたしは対比できないと思います。

弱いものは弱いものとして頑張ればいい
――先の二作品はわたしたちに倫理的問題を突きつけてくるので、ほんとうは笑ってはいけないはずなのに、つい笑ってしまいます。
いえ、笑ってください(笑)。
――「世紀の善人」もそういう短編ですね。昭和の体質そのままの大企業、三國造船に勤める女性の安井は、そこで働く無数のおじさんたちに、ハラスメント全開で理不尽にこき使われています。彼女はおじさんたちを密かに社名をもじって“サンゾウ”と呼んでいますが、限界が近づき、会社を辞めようかと考えている。どんなところからこの小説が生まれたのでしょうか。
大なり少なり会社で働いていると、年齢や性別にかかわらず、どうしても合わないとか、ハラスメントめいたことをしてくる人がいます。でも一緒に働かなければいけない。そこで思いついたのが、ハラスメントのゲーム化です。
――ゲーム化?
相手を熟知していたら、ハラスメントをしてきても「ほらね、やっぱり」となっておもしろいんです。相手が予想通りの反応を示すのがおもしろい。そういう処世術が好きなので書いてみたいなと。
――自衛のためには敵を知る、ということでしょうか。
そうです。たとえば職場に苦手なおじさんがいたとします。誰かに「きょうあのおじさんがいないね。いつもの車がないし」と話しかけられると「あの人、車を車検に出しているから、あそこに停めてあるのは代車なんですよ」と、なぜか私が知っている(笑)。あの人は毎日三時過ぎに廊下を通るとか、カップラーメンのお湯をいつもあそこで何時に入れているとか、苦手だからむしろ詳しく把握しておきたい。そうすると知りすぎて逆にファンみたいになる。それがゲームのように感じられるんです。
――小説の中でも、社員のメンタルヘルスをチェックする組合の方針から、安井はサンゾウたちを観察し始めます。するとだんだん生態に詳しくなって、彼らが自然界に生息する希少な特殊生物のように思えてくるんですよね。
以前会社の先輩に「苦手な人ほどたくさん話しかけろ」と言われて、すごくいい考え方だなと思いました。だから職場では苦手な人にこそいっぱい話しかけます。そうするとだんだんかわいく思えてくるから不思議です。
――安井はそうやってサンゾウにいじめられても、観察研究を続けて記録していきます。
サンゾウたちを「ああいう生き物だから」とシャーレで観察するみたいにとらえていくと、だんだんかわいく見えてくる。そうやってゲーム化して生き残ろうとします。そういう人間のタフさ、したたかさを書きたかったんです。
――そんな安井ですが、同じ組合の執行委員であり、専務からひどいハラスメントを受けている田中が、ある細工をしている現場を偶然見てしまいます。自分にはできないと思っているハラスメントへの直接的な反撃を、田中がしているのを見て、彼女はどう思ったのでしょうか。
安井がやっているのは、言ってしまえば評論家のように外からただ文句を言っているだけです。田中の行動を見て、自分はほんとうはサンゾウが憎いんだという怒りを思い出すイメージで書きました。ハラスメントをしてくる相手に「不快だからやめてほしい」と直接言うのは、陰でああだこうだと言うよりもはるかにやさしいし、愛を感じます。
――最終的に安井はとんでもない事態に巻き込まれてしまうわけですが、彼女たち弱者の行動は、ハラスメントが横行する社会に対してのカウンターとも受け取れそうです。
書いている身としては、全くそういう気持ちはありません。職場は自然界やジャングルと同じで、食う側と食われる側がいる食物連鎖の世界だと思っています。その弱肉強食のシビアな自然界では、弱いものはびくびくしながら生きるしかない。でもそれでいいんです。怖い怖いと言いながら強者の動きを観察して、自分を守る対策をする。弱いものは弱いものなりに頑張る姿を描きたかったんです。
――弱いものが会社で生き残るための、ある種のサバイバル術みたいです。石田さんは職場であまりストレスを感じることはないのでしょうか。
二十代の頃は職場のおじさんたちに苦手意識があったのですが、三十代になるとおもしれえな、かわいいなと思えるようになりました。会社には三十年、四十年と勤めている人がたくさんいて、ずっと同じ部署で働いている人もいます。そういう人は、得意先の新人よりもその会社の備品置き場まで知っていて。何でも知りすぎているのがおかしいんです。
人間のもっとも浅はかな部分を書きたい
――石田さんはこれまでも、ルッキズムやハラスメントの問題とつながるような作品を書かれています。とはいえ、社会に物申してやろうというような強い気持ちはないと以前おっしゃっていました。
なぜそういうことをよく書いているのか、自分でもわかりません。小説によくある青春や恋愛や家族にはあまり興味がわかなくて。壮大なテーマよりも、身近なことになってしまいます。
――本書をはじめ、見ることや見られること、外見についての欺瞞や暴力性が小説の軸になっているのは、書き手としてそこに惹かれるものがあるんですか?
人間のいいところよりも悪いところを書きたい気持ちが強いんです。見た目のあれこれに言及すると、人間の噓っぽさや卑しいところを書けるからかなと思います。問題意識や社会を変えたいというような、壮大なものはなくて、ただ人間の大したことなさやしょうもなさを表現する上で、書きやすいのがこのテーマなのかなという気がします。
――どうして人間の悪いところを書きたいのでしょうか。
理由はよくわからないのですが、やはり人間は悪いやつだと思っているからかもしれません。
――悪いところを書いていても、あちこちにユーモアがちりばめられているので、クスッと笑いが漏れます。
ずっと真剣な文章を書いているとハッと我に返るときがあって、シリアスになりすぎないように加減することがあります。ユーモアで笑わせよう、楽しませようというよりも、それがいちばん意地悪に表現できるから書いているのかもしれません(笑)。
「青春と読書」2026年6月号転載
プロフィール
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石田 夏穂 (いしだ・かほ)
1991年埼玉県生まれ。東京工業大学工学部卒。2021年「我が友、スミス」が第45回すばる文学賞佳作となり、デビュー。同作は第166回芥川龍之介賞候補にもなる。他の著書に『ケチる貴方』がある。
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