内容紹介
辛い過去を抱え故郷を去り、奉公先である新潟静修学校に辿り着いたナカ。尋常小学校を出た後、家庭の事情などで進学を諦めた人たちのために開かれた私塾だが、幼い弟妹を働く親に代わって世話する生徒が多かった。そんな生徒たちのために子守をするのがナカの仕事だった。自らの過去を重ね合わせ、次第に子供たちと打ち解け、存在意義を見つけていく。やがて生徒以外にも子を預ける親が増え、校長の赤澤鍾美は託児所を「付設子守室」とした。しかし、幼稚園として独立しなければ違法だと官吏から忠告を受ける。それには学費を上げなければ続けることが出来ず、本当の意味でここにいる者たちを救うことにはならない。苦渋の決断を迫られたナカと鍾美がとった策とは――。
日本で最初の保育施設、現・赤沢保育園誕生の軌跡を描いた物語。
プロフィール
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佐藤 雫 (さとう・しずく)
1988年香川県生まれ。「言の葉は、残りて」(「海の匂い」改題)で第32回小説すばる新人賞を受賞してデビュー。著書に『さざなみの彼方』『白蕾記』『花散るまえに』『行成想歌』『残光そのにありて』がある。
インタビュー
書評
日本最初の〈保育園〉が救ったのは誰か
大矢博子
明治二十九年、理由あって故郷を出たナカは、新潟静修学校に奉公することになった。勉強の意欲はあっても家庭の事情で進学できない子どもたちのために、赤澤鍾美が開いた私塾である。親に代わって弟妹の世話をしている生徒が多く、ナカの仕事は彼らが勉強に集中できるよう、子守をすることだった。
やがてナカは鍾美と結婚。私塾の付設子守室は生徒の弟妹に加え、近所の子どもたちも無償で預かるようになる。しかしそれは当時の法に反することで……。
日本で初めての託児施設と言われる新潟市の現・赤沢保育園が誕生するまでを描いた物語である。しかしそうまとめてしまうと零れ落ちるものがある。本書の主眼は〈保育園誕生秘話〉ではなく、ヤングケアラーの問題の方にあるからだ。
明治に入り、学制の整備とともに幼稚園も設立された。だがそこに子どもを通わせられるのは裕福な利用者だけ。多くは家庭で子どもを世話するしかなく、親が働く以上その役目は兄姉に回される。そのために自分の勉強ができない、上の学校に進学できない若者が増えていく。
付設子守室を作った理由について、赤澤は言う。「彼らに、弟や妹のせいで学べなかった、とだけは、思ってほしくなかったから」
これは過去の話ではない。令和の世になっても、家事や介護を担う若者たちは確固として存在し、彼らの今と未来が狭められている。大人も同じだ。保育園が見つからず仕事が続けられない親も多くいる。それを個人的事情だから仕方ないと放り出して是とするのか。本書はそんな問いを投げかけているのだ。
私財を投じ、地元の人々に愛される託児施設を運営した赤澤夫妻は確かに素晴らしい。さまざまな障害を乗り越える様子も読ませる。だが美談として消費して終わりにするのではなく、なぜさまざまな障害を乗り越えて運営し続けることができたのかをぜひ読み取ってほしい。
終盤、視点人物の正体がわかったときには胸が詰まった。まさに今こそ、読まれるべき一冊だ。
「青春と読書」2026年8月号転載
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