対談

授賞式スピーチ

受賞のことば

受賞のことば

大田ステファニー歓人

かおちゃんありがと!!!!
かおが支えてくれたからゲトれた! まじやっほーちゃん!!
なんもしてない、って思うかもしんないけど、選考委員のみなさまの感想にはかおりんのおかげと書いてありました!!
じつは書く作業ってたのしいのにさみしいし、一瞬なのに苦しい。あと地味。死ぬケツ。でへー、で村八分って感じだから、自分の部屋を出たらすぐかおりんがいる生活がとっても救いだった最高! ゴージャス! うれしすぎて意味わかんない!
って思ってるうちにこんなんが書けました!
かおちゃんがいるだけでこれからもがんばっていろいろ書けんだろうし、そしたらお金が稼げるし、稼いだらまたやる気湧くし、かおちゃんはいるだけで生産性やばい!! なのにめっちゃ働くの好きで、すごすぎリスペクトがはちきれました。ぽん。えぇ、ガッデムスペースソニックハイパーモチベーターかおりん! とすごい大人がおっしゃってました。つまりかおを産んで育てた両親もエクセレント!
うちの親もエクセレント、あ、もうみんな座布団千枚でいいや。やまだくん、だいたいでいいよ。

みなさまへ
どもう、ステファニーだお
このたび、わらいありなみだありのすったもんだのすえ、スーパーすばるちゃん人形を手にしました。次はクリスタルすばるちゃん人形をゲトりたいので、グットシット期待してね。
ネットでオモチャにしないでね。
あと、かおちゃんがずっとすごいやつでいられるように、おもろがって本買ってください。うちもがんばりますん。がんばりませよ。
副賞は、ぷりゅいのペアリングと、借金返済に使います! 

これから出会うどなたかへ
焼肉が好き、とだけ言うときますわ。よろしゅう。

ピース、ハオ

「すばる」2023年11月号転載

エッセイ

「はつえせー」

大田ステファニー歓人

 やっほー、すてふぁにーです。このたびはいろんなことがとてもうれしいです。みどりいせき、けっこうお読みいただけてるし、あと親になるし、だからありがとうございます。
 このエッセイはうちが勝手に書いて載せているわけではなく、すばるちゃんゲトってみたことにより集英社さんがすくなからずは認めてくれたっぽく、だから、エッセイやらせてあげっか、みたいな感じでお願いされて書いてるのです。
 でも、あこがれていただけに、なんかえらそうな気がしちゃってとにかく恥ずかしくって、読んでいておどろかれるかもしれませんが、これは何度も書き直して、これです。お読みいただきありがとうございます。
 とはいえ、うちは不安もかかえていて、それは普段の仕事がつらいから両立して体もつのかな、とか、家庭のあしひっぱらずに親やってけんのかうち、みたいなまぁふつうな不安。とくべつじゃない。あ、お読みいただきありがとうございます。
 あと最近だるいのは、戦争。というかおとなに殺される子ども。そんなん今にはじまったことじゃないけど、うちは作家になったから、今まで無視できてたものが無視できなくなったっぽい。それはうちが、表現はそいつなりに誠実じゃないと、って思ってるからで、ガザの報道とか目にしちゃうと書いたもん、ぜんぶがくだらなく感じるというか、書いてると死んでく子どもを目にしても心のどっかで楽しいとか思っちゃう自分へのまんやばいし、そんな自分にどん引くし、正直書くってことへのぼんやりした罪悪感で身が入らないときがある。でも、小説って世界と距離とって安全なとこで書くもんじゃないのかもしんないし、だから傷つきながらでも書いてみっか、みたいな不安にガンとばしてます。お読みいただきありがとうございます。
 おおげさにいろいろ書きましたが、おおむねハッピーにやってるんで、べつに政治家とかに比べたらそんなにわるいやつではないと思うし、これからもすてふぁにーのバイブスをしんじてください。
 ぴーすハオ中指

「青春と読書」2024年1月号転載

書評

小説の可能性を広げる自由の使者(笑)

豊崎由美

 「もう小学生じゃないんだから、擬音をたくさん使うような作文は幼稚だから書いちゃだめ」と国語教師に注意されたのが、わたしが中学生だった一九七四年。高橋源一郎が自著の『優雅で感傷的な日本野球』に対する富岡多惠子の「この手の、良くいえば『親密な』サークルだけに通じる符号性をアテにした言葉で書かれる文章は、いかに自由な口語体に見えはしても、音声、意味ともに周縁にひろがろうとする言葉の機能を自閉させる」という文芸時評での批判に反論したのが一九八八年。
 世につれ変化するのは歌やコンプライアンスのありようだけではない。文芸においてもまた、なんである。たとえば、第四十七回すばる文学賞を受賞した大田ステファニー歓人の「みどりいせき』。〈きらん〉〈ぷしゅう〉〈ズゴー〉〈すすん〉〈ぽっこぽこ〉などの擬音を多用し、〈ギャルピ〉〈タギング〉〈バビ公〉〈ブリっちゃった〉〈チキる〉といった、若い世代やある種の集団におけるジャーゴン(富岡さん言うところの「内輪の言葉」ですね)が頻発する。
 じゃあ、この作品が幼稚で自閉しているかといえばさにあらず。 擬音表現はすでに漫画のおかげで、海外でもその独自性が高く評価されているし、実際、ステファニーの作中での使い方は文体のリズムにおいても、その場のアクションの臨場感の伝達においても自覚的かつ効果的。 ジャーゴンに関しては、調べ物がしやすい昨今においてはまさに「ググれ、かす」なのであり、むしろ知らない言葉を認知することによって少なくともわたしの世界は少し拡張した。つまり、かつて「よろしくない」とされてきた文芸のお作法の多くは、大田ステファニー歓人のようなタイプの新人作家によって戒めのくびきから解き放たれ、小説はその可能性を広げていく。『みどりいせき』はそんな自由の使者(笑)として、わたしたち読者の前に現れたのである。と思う。
 主人公は都立高校の二年生・桃瀬翠。物語は少年野球チームでキャッチャーをしていた小学生の〈ぼく〉が、ピッチャーの春からサインを拒まれ続ける回想から始まる。やっと投げてくれたきれいなシュート回転の直球は、相手の四番打者のバットの上半分をかすめ、見事キャッチャーフライに打ちとったはずが、〈ぼく〉は球をおでこに当ててしまう。で、意識が〈落ちる直前に、チップをキャッチして揚々と返球する並行世界のぼくと目が合った。 そんで時間の連続性は断ち切られ、エントロピーが急減少。たどり着いたのは音も色も、光も闇もない素粒子の世界こんちわ。〉という、その後も頻出して読者を楽しませてくれるユニークな文体の記述をもって、物語は現時点へと帰ってくるのだ。
 高校二年生になっている〈僕〉はもう野球はしていない。何につけても無気力で不登校がち。 授業中も校舎を徘徊する始末。そんな〈僕〉が高校一年生になった春と再会し、なりゆきから彼女の仕事を手伝うことになるのだ。それは大麻クッキーの手押し(密売) ! ここの展開がうまい。 笑いを連れてくるのである。〈僕〉は春が手渡しで売りに行っている間、ブツが入ったバッグを別の場所で見張っている役目を担うのだけれど、それが大麻クッキーだとは知らない。しかも、春の友だちからもらったチョコチップクッキーを食べてしまったものだから、〈蜘蛛の巣にぶつかったみたいに、見えない膜を突き破った感触というか、不可逆な力の働いたおっきな透明ななんかに触れてしまったようなイメージにとらわれた。(中略)体に充満した鼓動がついに溢れ出して耳の穴から体に戻ってくる。そんな自分自身の感覚にほんろーされて〉見事にキマッてしまい、春たちの隠れ家に連れていかれることになる。なのに、そんな状態になってさえ、春からギャラだと二万円渡されると〈お菓子でこんな儲かる? 転売?〉と見当はずれのことを言って、みんなに笑われるのだ。
 後から事情を明かされ、いったんは春と〈「おかしいよ。法律違反じゃん」「だから? んなの自分で決めたんじゃないし、とっくに死んだジジイどもが作ったルールなんて知るかよ」〉と言い合いにはなるものの、仲間になる〈僕〉。本来は見張り役を務めるはずのいかつい鳴海先輩、春の親友のグミ氏、ラメちらとの、CBDのリキッドペンやジョイントやボング(水ギセルを)吸いながら、テレビを見たり、宅配ピザを食べたり、超絶うまいグミ氏の歌に聴き惚れたり、他愛のない会話に興じたり、たまにはハラリの『サピエンス全史――文明の構造と人類の幸福 』みたいな話にもなったりする〈ぬくぬくほかほかしたバイブス〉に包まれた隠れ家は、〈惰性の睡眠とYouTubeだけの張り合いない生活〉を送っていた〈僕〉にとっての心地いい居場所になっていく。
 でも、そんな幸福な“子供の時間”は続かない。同じように手押しをやっている別グループによる襲撃、警察の手入れの予感。もともと優柔不断で小心者な〈僕〉は、何か起きるたびに「もう抜ける」と弱音を吐き、泣いたりパニくったりするのだけれど、でも――。
 こうして、大麻を売ったり吸ったりすることに罪悪感を抱かず、おそらくは将来のことも何も考えておらず、今のバイブスを上々にしたいだけの図体の大きな子供たちの楽園を描く前半部から、血と暴力と捕まる恐怖に襲われる後半部へと転じるのだけれど、作者はこれを「とっくに遊び時間が過ぎてしまったことに気づかない子供たちの罰と悲劇を描く」なんて凡庸な物語には着地させない。最後の最後に置かれた、冒頭の小学生時代のエピソードと呼応する場面の素晴らしさは感涙ものなのである。これをもって、ファールチップを捕れなかったせいで止まっていた時間を、〈僕〉はようやく再び動かせるようになるのだろうという明るい予感。素晴らしい上にも素晴らしい! ……あ、そういえば。タイトルの「みどりいせき」は「みどり、いせき」と読むんじゃないですよ。「みどりい、せき」ね。じゃ、その意味は? 知りたければ、読みなさい。 未知の言葉をわたしみたいにググりながら。

「すばる」2024年3月号転載

お知らせ

・【おすすめ書籍】SPUR3月号(1月22日発売)「SPUR BOOK CLUB」に著者本人の〈”作家の私”をつくった3冊〉が掲載されました。

・【著者インタビュー】集英社オンライン(2月3日更新)にインタビュー〈前編 ごみ清掃員からすばる文学賞を受賞した大田ステファニー歓人〉〈後編 “俺なりの夏目漱石『坊っちゃん』”を書いて、すばる文学賞を受賞した大田ステファニー歓人のパンチライン〉が掲載されました。

・【著者インタビュー】ダ・ヴィンチWeb(2月5日更新)にインタビュー〈嘘つきだった自分が「かおりん」に出会って本当の言葉を得た。〉が掲載されました。

・【著者インタビュー】Voice3月号(2月6日発売)「著者に聞く」にインタビュー〈若者の連帯、世界への怒り〉が掲載されました。

・【書評】LEE3月号(2月7日発売)「BOOKS」に書評が掲載されました。

・【著者エッセイ】新潮3月号(2月7日発売)にエッセイ〈プリ食える〉が掲載されました。

・【著者エッセイ】群像3月号(2月7日発売)にエッセイ〈憂鬱な気持ち持つ陽気な躁鬱〉が掲載されました。

・【サイン会】2/14(水)19:00より紀伊國屋書店新宿本店にて開催。※本イベントは終了しています。

・【著者インタビュー】週刊ポスト3/1号(2月19日発売)「著者に訊け!」にインタビュー〈読者の中で像を結んだイメージと自分の伝えたいことが1ミリでも重なればいい〉が掲載されました。

・【書評】週刊現代2/24・3/2合併号(2月19日発売)「ブックレビュー」に書評が掲載されました。

・【著者エッセイ】ハーパーズ バザー4月号(2月20日発売)にエッセイが掲載されました。

・【書評】日本経済新聞(2月22日発売夕刊)「目利きが選ぶ3冊」に書評が掲載されました。

・【著者インタビュー】日刊ゲンダイ(2月23日発売)「注目の人」にインタビュー〈人との繋がりを自分なりに描写していく〉が掲載されました。

・【オンライントークイベント】3/13(水)19:30より豊﨑由美さんをナビゲーターにジュンク堂書店池袋本店にて開催予定。
 チケット販売は2/27(火)18:00からこちらにて。