
内容紹介
鳴り響くアメリカ国歌、銃声。逃げ惑う住民が辿りついたのは元大統領邸宅[モンティチェロ]だった……。近未来アメリカを舞台に、トマス・ジェファーソンと奴隷の間に生まれた女性を先祖に持つ女子学生が、暴徒化した白人至上主義者から逃れ、因縁の場所で運命と対峙する表題作をはじめ、全6編を収録したデビュー作品集。バージニア州シャーロッツビル周辺を主な舞台に、人種差別や経済格差の問題等、さまざまなテーマを内包する中編(表題作)1本と短編5本を収録(コントロール・ニグロ/バージニアはあなたの故郷ではない/なにか甘いものを/世界の終わりに向けて家を買う/サンドリアの王/モンティチェロ 終末の町で)。本書は、全米批評家協会賞ジョン・レナード賞最終候補、ニューヨーク・タイムズ紙2021年ベストフィクション10冊に挙げられた。2022年リリアン・スミス図書賞受賞。
(原題 My Monticello)
プロフィール
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ジョスリン・ニコール・ジョンソン (Jocelyn Nicole Johnson)
バージニア州レストンに育つ。ジェームズ・マディソン大学で美術と教育の学位を取得し卒業。公立小学校の教師として視覚芸術を指導。デビュー作となる本書で、リリアン・スミス図書賞、バージニア図書館フィクション賞を受賞。PEN/フォークナー小説賞のロングリスト、全米批評家協会賞ジョン・レナード賞最終候補等にも選ばれた。
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石川 由美子 (いしかわ・ゆみこ)
琉球大学法文学部文学科英文学専攻課程修了。通信会社に入社後、フェロー・アカデミーにて翻訳を学び、フリーランス翻訳者として独立。訳書にジェスミン・ウォード『歌え、葬られぬ者たちよ、歌え』(作品社)など。
書評
アメリカに迫る不安の影と予感
豊﨑由美
世界が不安におおわれている時、その影にもっとも敏感に反応するのはマイノリティにちがいない。なぜなら、不安の影は真っ先に社会的弱者を襲おうとするからだ。
ジョスリン・ニコール・ジョンソンのデビュー作品集『モンティチェロ 終末の町で』の表題作は、凄まじい嵐に見舞われ電気が途絶えた無法状態の町に、KKKのような白人男性集団が現れる場面から始まる。住民のほとんどが黒人からなる一番通りにやってきて、容赦なく襲いかかる男たち。主人公のナイーシャは白人の恋人ノックスや祖母、近隣住民の総勢16人で、放置されていたマイクロバスに乗りこみ間一髪魔手から逃れる。彼女たちが避難したのは、独立宣言の起草者として知られる、バージニア州が生んだ偉人トマス・ジェファーソンの豪邸で今は記念館になっている「モンティチェロ」。ナイーシャらは助け合いながら、いずれは町からやってくるであろう連中の影に怯えながらサバイバル生活を送ることになる。
訳者あとがきに詳しいけれど、この物語が生まれた背景には2017年、モンティチェロを擁するバージニア州シャーロッツビルで起きた白人至上主義者と反黒人差別団体の衝突、その末に起きた悲劇がある。また、ジェファーソンが年若い黒人奴隷を愛人にしたという史実をもとに、ナイーシャをその子孫と設定し彼女らに占拠させることによってモンティチェロという場所に新たな意味をもたせてもいる。特筆すべきは、登場人物らの怯えや勇気をリアルな身体感覚を活かした描写で伝えていること。その力強い“声”によって、この小説で起きるようなことが決して絵空事ではなく、現実味を帯びた不安の影であることをよく伝えているのだ。
その他の収録5篇もまた、人種という重荷に押し潰されそうになっている人々が置かれている苛酷な状況や、逃れられない不安を描いている。大統領選でトランプ氏再選が予感される今、この作品集は大きな意味をもつにちがいない。
「青春と読書」2024年6月号転載
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