内容紹介
政治と宗教の癒着に対する復讐として、総理を銃撃した襲撃犯。その真実は、社会の底辺で生きる非正規雇用の警備員・三上自身にも力があるという啓示であり、人生を変える契機となった。犯人である松原の思想を理解しようと動き出す三上は、同じく松原に心酔する宗教二世の沼井と出会い、思想の分析と継承を目的とした研究会を起ち上げる。しかし、松原の模倣犯が現れ三上は激しく動揺し、松原の名誉を傷つける「冒涜」ゆえ、危機感を胸に思想の純粋性を守るため、同志を募り、深い理解と実践を目指していくが――。現代日本の苦しみと欺瞞を炙り出す、著者の新機軸。
プロフィール
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月村 了衛 (つきむら・りょうえ)
1963年、大阪府生まれ。早稲田大学第一文学部文芸学科卒業。2010年『機龍警察』でデビュー。12年『機龍警察 自爆条項』で第33回日本SF大賞、13年『機龍警察 暗黒市場』で第34回吉川英治文学新人賞、15年『コルトМ1851残月』で第17回大藪春彦賞、同年『土漠の花』で第68回日本推理作家協会賞〈長編及び連作短編集部門〉、19年『欺す衆生』で第10回山田風太郎賞を受賞。他の著書に『非弁護人』『機龍警察 白骨街道』『悪の五輪』『対決』『脱北航路』『十三夜の焔』『半暮刻』『虚の伽藍』『普通の底』『地上の楽園』ほか。
書評
日本社会を蝕む黒い構造
豊﨑由美
現実に起きた事件を題材にとる作品は多いけれど、月村了衛の『テロル』ほど大きなインパクトをもたらすフィクションもそうはない。
主人公〈おれ〉は三上浩31歳。生まれてすぐ両親が離婚し、母親も三上が高校卒業前に死亡。さまざまな仕事を転々とした挙げ句、非正規社員として警備会社に勤務している。頼れる肉親も、恋人も友人もいない。そんな孤独な男が「テロリズム」「テロリスト」についての思考に沈潜するきっかけになった事件が、宗教二世・松原瑛爾36歳による元総理大臣射殺事件なのである。
事件の映像に強い衝撃を受けた三上は、少しでも松原への理解を深めようと宗教二世のための交流勉強会に参加し、そこで沼井健人と意気投合。2人で松原瑛爾の研究会を立ち上げ、そこに(ジャニーズ事務所を彷彿とさせる)ジュナイブ事務所の被害者を名乗る市東純也も加わる。その後、三上は警備会社の元同僚でユーチューバーに転身した桑田から、彼が作っている「元総理暗殺の真相 あの教団とは無関係だった」をはじめとするヘイトと中傷とデマにまみれたフェイク動画は、SNSの大量投稿と同じでオーダーがあってやっているという仕組みを聞き出し、自分が成すべきはその最初の発注者の正体を暴くことだと決意するのだけれど――。
世間から「インセル」「弱者男性」「チー牛」と揶揄される底辺男性のひとりだった三上が、誰もできない“偉業”を成し遂げた松原に心酔し、自分も松原のようであらねばならぬと思い定め、考え行動する。その過程で作者は、国が国民を欺き、格差や差別を助長し、我々は我々で明らかなデマに簡単に踊らされといった、日本社会を蝕む黒い構造の数々を明示し、批判していく。そうした批判は三上を通して放たれるので、読者には悲鳴のように鋭く突き刺さるのだ。
物語終盤、さまざまな経験を通して認識を深めた三上は自分なりの「テロリスト」「テロリズム」の定義を獲得し、松原との一体化を果たす。その光景がもたらす空虚と絶望に思わず共感を覚えてしまう自分が、わたしは怖い。
「青春と読書」2026年6月号転載
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