
内容紹介
1983年5月、『優しいサヨクのための嬉遊曲』から40年。
いつまでも自分が主役だと思うなよ。
毀誉褒貶を顧みない作風で時代を駆け抜けた作家による、
デビュー40周年記念の自伝的父子小説。
第一部「父親の変わり身」
第二部「親バカでない親はいない」
第三部「運命なんて愛したくない」
第四部「後のことはおまえに任せた」
時は1991年、島田雅彦30歳。バブルは崩壊したとは言え、執筆の他にも世界中を旅する仕事が続く中、妻の妊娠が判明する。夫は、子育てに適した新居を探し、子どもの名前を考える。「永遠に実現しない希望」を意味する弥勒菩薩からミロクと名付け、生後間もない頃から世界中へと連れ回し、家族の記憶はいつも旅の記憶。自由奔放に子どもを育てたいと思いながらも、お受験へ。入園式当日に朝帰りをしたのは、父だったからか、作家だったからか。息子が生まれ、世界が一変したはずの作家による自伝的父子小説。
プロフィール
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島田 雅彦 (しまだ・まさひこ)
1961年、東京都生まれ。東京外国語大学ロシア語学科卒業。在学中の83年に『優しいサヨクのための嬉遊曲』でデビュー。84年『夢遊王国のための音楽』で野間文芸新人賞、92年『彼岸先生』で泉鏡花文学賞、2006年『退廃姉妹』で伊藤整文学賞、08年『カオスの娘』で芸術選奨文部科学大臣賞、16年『虚人の星』で毎日出版文化賞、20年『君が異端だった頃』で読売文学賞〔小説賞〕を受賞。主な著書に『徒然王子』『悪貨』『英雄はそこにいる』『傾国子女』『ニッチを探して』『暗黒寓話集』『カタストロフ・マニア』『人類最年長』『スノードロップ』『スーパーエンジェル』『パンとサーカス』『時々、慈父になる。』など多数。 現在、法政大学国際文化学部教授。
対談
書評
かつての自分のアルケオロジー
江南亜美子
還暦を迎え、人生の冬に差しかかった作家が、過去の自分をおおいに語る――書籍の最後に記された「本書はフィクションです」という定型文がどこかアイロニーの響きももつ、自伝的小説である。幼少期から作家デビューを経て、中上健次の死を体験する青春期の終わりまでを、自分の分身たる「君」に向かって語りかけた『君が異端だった頃』の、続編と考えてよさそうだ。ただし本書ではオーソドクスな一人称が用いられる。三十歳で父親となり、おのが人生の主役を子どもに譲る局面を迎えた男、それが「私」である。
旅に一年の半分以上を費やした二十代の終わり。精力的に仕事をし、オペラ制作や大学教育に足を踏み入れた三十代。仕事も私生活も支離滅裂だった厄年のころ……。好不調の波はあれど、子の誕生以降は妻とともにいつもその成長を案じてきた。〈何も持っていない者はどうすれば自信やプライドを獲得できるか?〉。高校時分からアメリカ留学させた息子の、不在のさびしさを紛らわすように、自宅で竹細工に没頭した姿には悲哀もにじむ。そのように、子の幸福を願い、はりつめて生きてきたかつての自分を、ねぎらいと同情と、少しの羨望がまじった目で回顧していくのである。
身の回りの記録だけでなく、どんな時代を過ごしてきたか、その総括の意味も本書は担う。前世紀から今世紀へ、世界は激動した。悲惨な原発事故を健忘症のように忘れ、悪政はつづく。パンデミックも起きる。時々の怒りや抵抗が、作家に小説を書かせる燃料となったことがよくわかる。小説は〈たった一人の反乱〉を可能にする。過去から受け継ぎ未来に手渡す現在を生きることの責任が、たゆまぬ創作の活力なのだ。
記憶の確かなうちに語れ、と自らに課したのが本作と『君が異端~』であろうが、人生百年時代ともいう。子も自立し、いずれ教育の現場から離れたなら、次の三十年は老人の愚行にいそしまれてはと、(本書に名も出してもらった)不肖の弟子の一人として思う。三冊目が待たれる。
えなみ・あみこ●書評家
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