横須賀で「ガラス雑貨専門店・かぜよみどう」を営む級長戸辺しなとべふう
彼女には風が持つ記憶を読むという特殊な能力があった。
彼女はアシスタントの青年・だかとともに依頼人たちが抱えた問題を解決していく。
小説すばる連載時から好評だった宇山佳佑さんの『風読みの彼女』が単行本になりました。
刊行にあたり、ウェザーニューズで気象キャスターとして活躍し、その後も活動の幅を広げる檜山沙耶さんとの対談が実現。
『風読みの彼女』について、風について、お天気について、お二人にお話しいただきました。

構成/タカザワケンジ 撮影/山本佳代子

宇山佳佑×檜山沙耶
収録が始まり、真っ先に作中の風の描写を絶賛する檜山さんと、「プロに認めていただけてよかったです」と安堵する宇山さん。

「風薫る」季節の風に吹かれて

――さっそくですが、『風読みの彼女』の感想からうかがってもいいですか。

檜山 風にまつわる思い出がよみがえってくるような素敵な小説だと思いました。春、夏、秋、冬がそれぞれ舞台になった四つのストーリーがどれも心に染みて、涙なしでは読めませんでしたね。風の描写がとても繊細で、それぞれの季節に吹く風の色や匂いまで感じ取れるようでした。風を読む力を持つ風架さんがとてもかわいらしくて、表紙のイラストにもあるベレー帽が欲しくなっちゃいました。
宇山 ありがとうございます。風架さんは、今まであまり書いてこなかったタイプのキャラクターだったので、自分としても書いていて楽しかったですね。
檜山 宇山さんはもともとお天気がお好きなんですか。
宇山 ふだんから空を見たり、自然に関心はありました。いつか天気とか風を題材に物語を書いてみたいと思っていたんです。
檜山 お天気を伝えていた身として「北風が吹かないと、新しい季節は来ませんからね」という言葉にハッとしました。その通りだなって。お天気の仕事をする前は私も「こんな寒い北風、嫌だな」って思っていたんです。でも春夏秋冬、季節が巡るたびに天気図が変わっていくのを見ているうちに、北風への見方が変わりました。
宇山 気象キャスターをされていた、いわばプロの檜山さんにそう言っていただいて、ほっとしました。
檜山 宇山さんがお好きな風はあるんですか。
宇山 春の穏やかな日に吹く風ですね。でも、冬の北風は北風で違う意味で好きなんです。背筋が伸びるというか、しっかりしろと言われているような感じがして。
檜山 冷たい風に吹かれると、心も体もしゃきっとしますよね。
宇山 そうですね。僕は毎朝走っているんですが、その日によって風が違うんです。向かい風でつらいなと思う日もあれば、背中を押されるような追い風の日もある。風を感じるだけで毎日発見があるんです。檜山さんはどんな風がお好きですか。
檜山 どんな風も好きって言いたい気持ちもあるんですけど、やっぱり私も五月のそよ風、新緑が生える時期に吹く風が好きです。「風薫る」っていう俳句の季語がありますけど、新緑が芽吹く頃に吹く風は、風そのものが香ってくるようで、すごく素敵なんですよね。
宇山 「風薫る」のような風にちなんだ言葉っていいですよね。『風読みの彼女』を書く過程で、風にまつわる言葉をいろいろ調べたんです。たとえばエピローグのタイトルにした「花信風」は、花が咲くのを知らせる風のことです。「風薫る」もそうですけど、風に関する言葉から日本語の美しさをあらためて感じることができました。

宇山佳佑×檜山沙耶
うやま・けいすけ ● 脚本家として、ドラマ『スイッチガール!!』『信長協奏曲』『君が心をくれたから』、映画『今夜、ロマンス劇場で』などを執筆。作家としての著書に『ガールズ・ステップ』『桜のような僕の恋人』『君にささやかな奇蹟を』『この恋は世界でいちばん美しい雨』『恋に焦がれたブルー』『ひまわりは恋の形』『いつか君が運命の人 THE CHAINSTORIES』などがある。

風の記憶を見ることができたなら

――風に記憶があるという、この小説のアイデアをどんなふうにお感じになりました?

檜山 素敵だと思いました。瓶の中に風を閉じ込めるというのもファンタジックでかわいくて、私もお願いしたくなっちゃいました。どうやって思いつかれたんですか。
宇山 たまたまなんです。もともとは風とお話ができる女の子のかわいらしいラブストーリーにしようかなと思っていたんですけど、風と何を話すんだろうと考えるうちに、風がいろんな場所で人の営みを見ているという設定を思いついたんです。しかも風が見ていたことを全部覚えていたらどうだろう。人の思いにつなげられるんじゃないかなと。檜山さんが風読みの力を使えたら、見てみたい場面はありますか?
檜山 自分の生まれる瞬間を見てみたいですね。写真で生まれたばかりの自分を見たことがあるんですけど、どんなふうに生まれてきたのかを映像で見てみたいです。宇山さんはどうですか。
宇山 学生時代のたわいない日常かな。僕の若い頃はまだスマートフォンがなかったので、動画はほとんど残っていないんですよね。
檜山 風の記憶は、自分の視点ではなく、第三者の目線で見られるのもいいですよね。客観的にはどう見えていたんだろうって。
宇山 たしかにそうですね。風の目線にすることで、いろんな人の知らなかった側面というか、こう思っていたけど実は違ったみたいなことも伝えられるのは、書いていて面白かった部分です。
檜山 たしかに『風読みの彼女』には各話ごとにそれぞれ登場人物の意外な一面が描かれていますね。
 たとえば第三話の「金風」。妻を亡くし、息子と疎遠になってしまった画家が出てきますけど、息子から見ればただのわがまま、偏屈な父親です。でも、風架さんの風読みのおかげで、父親には父親なりの思いがあることがわかるんですよね。
宇山 第三話もそうですけど、風がきっかけになってその人が一歩踏み出したり、時間を前に進められるような物語が書けたらいいなと思っていました。
檜山 この作品をどんな方にお届けしたいですか。
宇山 僕は今までラブストーリーを書くことが多くて、どちらかというと若い方や女性の読者の方が多いんですが、『風読みの彼女』は性別、年齢を問わずにいろんな方に読んでもらいたいなと思いますね。恋だけではなく、家族愛とか、親子愛とか、いろんなパターンの愛情を書いているので。四話あるうちのどれかに自分の気持ちを乗せて読んでいただけるんじゃないかと思います。

宇山佳佑×檜山沙耶
ひやま・さや ● 93年生まれ、茨城県水戸市出身。18年に「ウェザーニュースLiVE」でキャスターデビュー。22年に「いばらき大使」に就任。24年にウェザーニューズを退職し、現在、文化放送「檜山沙耶のアニウラ〜アニメの裏側を覗く〜」のメインパーソナリティやBS日テレ「こんびず!〜コンテンツ×ビジネス情報局〜」のメインMCなど、幅広く活動中。

「天気図読み」の彼女

宇山 檜山さんが天気を伝えるお仕事をなさっていた時は、日々、天気や風を意識されていたと思うんですが、今はどうですか。
檜山 お天気の仕事から離れた今も、やっぱり風向きは気になります。自分がいる場所にどんな風が吹いているかを確認して、前線が今どこにあるかを調べるのは楽しいです。
宇山 今もお天気が気になるんですね。檜山さんが気象キャスターを目指されたきっかけは何だったんですか。
檜山 東日本大震災の時、私は高校生だったんですが、その時に地震速報のアナウンスにすごく励まされたんです。それから気象災害が起きた時に安心してもらえるような声をお届けしたいと思うようになって、ウェザーニューズのオーディションを受けました。
 ウェザーニューズをやめてからも、お天気と何かしらの関わりを持って過ごしていきたいと思っていて、SNSでお天気のことを発信したり、動画でお天気のリポートをしたりしています。お天気についてまだまだ知識が足りないので、勉強も続けています。
宇山 お天気の勉強はどういうことをされているんですか。
檜山 空を観察したり、天気図を読むことですね。天気図は、テレビの天気予報で紹介される地上天気図だけでなく、上空の気象情報を描いた高層天気図も見ています。天気図を読む上で参考になるのが、気象庁が一日に二回出している短期予報解説資料です。高層天気図を細かく解説しているので勉強になります。
宇山 高層を調べると、地上への影響がわかるんですか。
檜山 そうなんです。高層天気図に、地上天気図では載っていない低気圧があったりするんですよ。そうすると、地上天気図では穏やかな天気が続きそうに見えるけれど、高層に寒気があって寒冷低気圧が接近しているから、もうすぐ崩れるっていう予報になるんです。
宇山 最近、「星空案内人(準案内人)」の資格を取られたそうですね。気象とか天体とか、自然にまつわるものがお好きなんですね。
檜山 そうなんです。ここしばらく海外へ行く機会が多くて、どこへ行っても星空に癒やされました。星空を見上げることの楽しさを一人でも多くの人に知ってもらいたいって思っています。
宇山 都会に暮らしていると星空が恋しくなることがありますよね。気象や星空について人に説明できるお仕事ってすごいなと思います。お天気を伝える上で難しいと感じることはありますか。
檜山 地域によって予報も変わるので、全国の天気を伝えるのは難しいですね。東京が穏やかな天気だったとしても、北海道や沖縄では台風が襲っているかもしれない。想像力を働かせて、公平な目線でお伝えしたいと思っています。
宇山 どんな言葉で伝えるかは自分で用意するんですか。それとも、ある程度、ベースみたいなものがあってそこに肉付けしていくんですか。
檜山 基本的には自分の言葉なんですけど、台風上陸のようなシビアな状況の時は間違わないように電文を読み上げます。地震速報と同じようなかたちですね。
宇山 何より正確性が優先だっていうことですね。気象庁が発表するということですけど、梅雨明けには明確な判断定義はなく、晴れの日が多くなってきた頃に予想されるとか、意外とアナログみたいですね。人間の感覚で天気を見ているのが面白いし、愛しいなと思います。
檜山 そうですね。ウェザーニューズの先輩方を見ていても、すごいんですよ。たとえば、地震に詳しい方がいらっしゃって、その方は、地震の話になると、何年何月何日の地震、何時何分に起きましたって言い当てることができるんです。
宇山 いつだったかウェザーニューズを特集したNHKの番組を見たんですよ。
檜山 『100カメ』ですか。
宇山 そう、それです。すごく面白かった。天気予報って当たるものだと思われているから、予報が外れて雨が降ったりすると怒られるというのを知って、大変なお仕事だなと。
檜山 私のSNSにも、なんで外れたんだっていうコメントが来たことがありました。百発百中とはいかないのが天気の不思議な部分なんです。
宇山 これだけ技術が発達しても当たらない時があるのは奥が深いですね。
檜山 たとえばじょうらんっていう小さな渦が発生してしまうと、そこから低気圧が発生して悪さをするパターンがあって、完璧に予想するのは難しいみたいですね。
宇山 風が突然吹いてきて不思議な気持ちになったりしますからね。
檜山 星空もそうですけど、風もどこにいても吹いていますよね。『風読みの彼女』の描写で共感したのが、ある登場人物が「ずっと、ずっとずっと、僕のそばにいてくれたんだ。優しい風になって……。」と大切な人を思う場面です。愛だなってすごく感じました。
宇山 この風はどっから来たんだろうと思った時、きっと誰かに触れたり、何かに触れてここまで吹いてきた風なんだろうなと思ったことがあって。それは作品のどこかに込められたらなと思ってたんですよね。
檜山 素敵ですね。頬をなでてくれた風も誰かが触れた風なんだなと思うと、より愛しく感じられます。
宇山 自分自身もそうですけど、ふだんバタバタ忙しく過ごしていると、なかなか風を感じることってないと思うんです。『風読みの彼女』は、読んでくださった方に、ふとそんなふうに風を感じてもらえるような作品になったらいいなと思いますね。

「小説すばる」2025年7月号転載