『タフな狩り』刊行記念インタビュー 倉田タカシ「エンタメと絶望の交点で」
近未来の日本を舞台に、四人の流れ者が機械の〈獣〉を追う――
本誌掲載作である倉田タカシの最新作『タフな狩り』は、SFと冒険小説のスリルを湛えながら、息苦しい世界の手触りを濃密に描き出す。
コロナ禍をまたぐ五年の執筆期間中、揺らぎながら形を得た物語の背景には何があったのか、お話をうかがいました。
構成/タカザワケンジ 撮影/露木聡子
コロナ禍をはさんで五年の執筆期間に
――『タフな狩り』はSFであり、アクションありの冒険小説でもある、エンタメとしての面白さもある作品です。タイトルが印象的ですが、どのように決めたんでしょうか。
倉田 主人公たち四人が、レジャー施設から逃げ出した〈獣〉を追いかける。それも、かなりひどい目に遭いつつ追っていくというイメージがまずありました。とにかくしんどい。タフ・ハントです。ですから、タフは強いという意味ではなく、「タフな仕事だった」みたいな使い方のほうです。タイトルとしては、上が片仮名で「タフ」。下が漢字とひらがなで「狩り」。このちぐはぐ感がいいかなと思いました。
――〈獣〉は私たちが思い浮かべる動物ではなく、培養組織の筋肉と毛皮をまとっている四足機械。四人は追うだけでなく、〈獣〉に逆襲されたりもする。まさにタフな狩りですね。物語の舞台は二〇六三年。二〇四四年に〈天丼〉と俗称される震災と原発事故が起きて、立ち入り禁止区域ができている。日本はいまよりも政治的にも経済的にも悲惨な状況になっています。この近未来世界の設定はあらかじめ細かく決めてから書き始めたんでしょうか。それとも書きながら?
倉田 どちらかといえば書きながらですね。せっかくの雑誌連載なので、最初から全部つくっておくのではなく、連載途中で見えてくるものをうまく取り込んで、書くことを楽しめたらいいなという気持ちが半分。残りの半分は締切りに間に合わなくて、取りあえず一章はその時に見えているものだけを書いて出したと言ったほうがいいんですけど。二章目を準備するときに、ようやく全体像が見えてきました。
――連載といえば、「小説すばる」に一章が発表されたのが二〇二一年一月号。単行本刊行までに五年かかっていますね。
倉田 連載したものを一冊にまとめるという前提で書き始めたんですが、思っていた以上に時間がかかってしまいました。二か月に一話くらいずつのペースで書けるかなと思っていたんですが、見通しが甘すぎました(笑)。
――時間がかかったのはなぜでしょう。
倉田 書き始めてみたら思ったよりも自分には難しい話だったということが一番ですが、それに加えて新型コロナのパンデミックがあったことも大きかったですね。二〇一九年に書き始めて、二〇二〇年の年が明けて国内にコロナウィルスの感染が広がり始めました。春に緊急事態宣言が出て、不要不急の外出は避けなさいということになった。僕は家ではあまり集中できないほうで、いつも外に出て書いていたので、コロナ禍の影響をもろに受けてしまったんです。
その辺からいわゆるスランプになってしまい、執筆がなかなか捗らなくなりました。アイディアが思いつかないのではなく、書くことに集中できない。もともと僕は集中力がないタイプで、よくスズメの群れみたいな集中力というんです。ちょっと何かあっただけで、ぱっと散ってしまう(笑)。それで余計に長くかかってしまったという感じです。
――意外です。『タフな狩り』はそんなことはみじんも感じさせず、想像力が奔放にあふれ出てくるような面白さがありました。リソースフォース社から〈なんでもやります〉枠で契約している流れ者の男女四人が〈獣〉を追う。主人公の谷は二八歳の男性。スミスが三六歳の女性、田中が四四歳の女性、小布施が五二歳の男性です。四人のキャラクターはどう考えたんですか。
倉田 人数と男女比はエンタメとして機能するようにという観点からですね。四人がそれぞれ二〇六三年の日本社会と、物語の中に登場するテクノロジーと深く関わっていることを先に決めて、まずは物語で機能するための部品として設計しました。
それから、書いていくにしたがって、過去や内面など、人間としての奥行きがだんだん見えてきたように思います。たとえばスミスも本名は最初は全然考えていなくて、三章のところでふと思いつきました。
――三章でスミスのイメージが変わったというか、輪郭が濃くなりました。四人の中でもスミスはとくに好きな人が多そうな気がします。
倉田 僕もスミスはかなり気に入っていて、執筆中、心のなかで田中たちみたいにスミちゃんと呼んでました(笑)。三章でのスミスのふるまいにしても最初はそこまでは見えていなかったと思います。四章での田中の内面も最初にはあまり浮かんでいなかったところです。思い返すと本当に、しみじみあれは書きながら考えたなあと思います。単行本にまとめる作業では、後の章で見えてきたことを前の章に上書きしています。
近未来日本の「ワースト・ケース・シナリオ」
――倉田さんのこれまでの作品を振り返ると、『タフな狩り』はもっともエンタメ度が高い小説だと思うのですが、最初から意識されていたんですか。
倉田 意識していました。小説を書き始めてからはしばらくSFというジャンル内小説として書いていて、『うなぎばか』で初めて一般小説を意識して書きました。今回もSFの要素を入れつつ、エンターテインメントをやろうという気持ちが最初からありました。エンタメ小説の書き方を学ぼうという気持ちもあり、編集者からの助言を参考にエンタメに寄せていったところもあります。
――エンタメという点では、ガジェットがたくさん出てくるのが楽しいですね。四人が装着している、足の動作を補助するトレッキング・エクソとか、小布施が連れている四足機械のファンキーポニー、空中駅に停留している飛タク、空気で膨らませた軟質素材でつくられている歩タクとか。
倉田 ガジェットが好きなので、たくさん出してしまいました。今回の作品の狙いの一つは、ガジェットを介してアクションを描くことでした。
――なるほど。四人はそれぞれ違うタイプの武器を持っていて、銃のようなものもあれば、谷が使うブーメラン――手投げ式の自律ドローン――があったりする。狩る〈獣〉のほうの動きも意外と機械的だったりして、言葉を頼りに想像してくことに醍醐味がありました。
倉田 そのあたり、なるべく説明的でない、主観的な描写を心がけました。未来の世界を、地の文で説明せずに、主人公の主観を通して描くのはSF小説の定番の手法の一つだと思います。
――説明は最小限で、言葉からイメージする。いちいち説明しないことで、スピード感が出ます。
倉田 そうですね。あと主人公たちが地べたにいる感じが出るというか、主人公たちの目を通して描いている世界なので、あまり洗練された説明はないほうがよかろうという判断もありました。
――先ほどコロナ禍の少し前から書き始められたとうかがいましたが、『タフな狩り』にも今の日本を覆っている閉塞感、これからどうなるんだろうという不安が影響しているように感じます。ディストピア小説として身にしみたんですが意識されていましたか。
倉田 発想の順番としてはディストピアが先ではありませんでした。最初はどんな科学技術を使おうかというところから考えています。これはいかにもSF小説らしい順番で、おそらく多くのSF小説はまずどんな科学トピックを扱おうかというところから考えられています。『タフな狩り』も扱う科学技術を決めた後で、それにふさわしい舞台として近未来の日本に設定しました。ディストピアになったのはその後ですね。
現代の状況から考えて、約四〇年後の日本は相当ひどいことになっているだろうとしか思えなくて、ひとつのワースト・ケース・シナリオとして考えたという感じです。残念なことですが、日本の近未来と決めた瞬間に、すんなりああいう世界が出てきました。
――約四〇年後という時代設定は科学技術の進歩のスピードを予想して決められたんですか。
倉田 ある程度予想はしたのですが、じつは物語を成立させるためにリアリティを自分なりに調整しています。
AIやロボット技術の進歩をやや遅めに設定して、逆に社会の衰退に関しては早めにしたという感じです。AIやロボットが進み過ぎると想像がしづらくなってリーダビリティが悪くなりますし、日本が脱工業化して、いまのような意味での工場がなくなってしまうことが起きるには、もうちょっと長いスパンが必要かなと思います。
――主人公の谷はまだ子どもだった二〇四四年に地震と原発事故に遭い、家族と地方の〈工場〉に移り住みます。その〈工場〉から逃げ出した。工場といっても、勤め先ではなく、一種のコミュニティ。もとは工場でしたが、いまは人権を軽んじた安い労働力の供給源となっている。〈工場〉は日本に二〇〇くらいあって、互いに行き来がない。だから方言が復活したという、そういうディテールが面白かったですね。〈工場〉はどこから思いつかれたんですか。
倉田 日本衰退のワースト・ケース・シナリオということで、国中の人間が奴隷同然の状態に置かれる状況を考えて出てきたのが〈工場〉でした。工場という呼び名と内実が違うんですが、振り返ってみると、デビュー長編の『母になる、石の礫で』でも同じことをやっていました。母という一般的な名詞がまったく違う意味を持つという設定にしました。言葉が持つ意味を変えることで、価値観が極端に変化したことを表現するのが好きなんだと思います。連載を読んでくれていた人から、工場という言葉に引きずられてちょっとイメージしにくかったという感想ももらったんですが、申し訳ないですけど、まさにそれが狙いなんです。

〈獣〉をマクガフィンにして描きたかった二つの側面
――〈獣〉についてもそうですね。獣という言葉からイメージしていたものが裏切られたり、予想を超えた動きをしたりする。
倉田 あの〈獣〉は、映画監督のアルフレッド・ヒッチコックがいう「マクガフィン」ですね。冒険の物語を転がすため、読者を引っ張るための餌です。当初は、〈獣〉の正体や、どういう動きをするかはまったく考えていなくて、書いていけば思いつくだろうと信じて進めました。思いつけてよかったです。
この作品には、エンターテインメントとしてのアクション、冒険小説の側面と、もう一つ、未来社会の諸相を見せる観光小説という側面がありますが、その両面で〈獣〉を牽引力として使いました。
――観光小説とうかがってなるほどと思いました。谷が育った茨城の〈工場〉、静岡県西部の通称〈人食い山〉、神奈川県の武蔵小杉、不法居住者がひしめく〈港湾〉と、物語の舞台が移り変わっていきます。
倉田 観光小説というのは僕が勝手につけた名前なんですけど、未来世界を描くために、視点人物がさまざまな場所を転々とするというスタイルのSF作品がけっこうあるんですよ。例えばウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』にもそういう側面があります。千葉市から、アメリカ東海岸の《スプロール》、スペースコロニーの自由界。未来の風景をどんどんどんどん見せていく。そういう形式が好きなので、やってみました。
――場所が移っていったときに未来の日本の特異な風景が見えてきます。例えば三章では「谷の目の前で、家が家を殴った」という一文から始まって、家同士が殴ったり、罵ったりする(笑)。どうやって思いつかれたんですか。
倉田 「歩く家ってかわいいよね」というところから始まっています。かわいい機械が好きなんです。家ががちゃがちゃ喧嘩しているのはほんとおかしいなと。風が吹きすさぶ砂浜で、貧乏そうな家が喧嘩しているって本当に嫌な、心がすさむ未来像でもあるんですが。
――私もかわいいと思ってしまいました(笑)。かわいい機械といえば小布施のファンキーポニーもかわいいですね。「いやな予感がします」が口癖の四足機械。どこかもの悲しくもありますが、歩く家もそうですが、したたかに生きているという強さもあるのが救いです。
倉田 歩く家のあたりでは、日本社会の猥雑なところを書きたいという気持ちはありました。一つにはそのほうがアクションが映えるからなんですけど、もう一つはベタなディストピアな社会を延々描写しても気が滅入るばかりだから。作中の日本は、実は九割方、暗くて重くて厳しいディストピアで、抑圧的な日本社会の悪いところを煮詰めたみたいな国なんです。
――そういう意味ではアクションシーンが閉塞感を打ち破るものでもありますね。アクション描写についてはどうお考えですか。
倉田 書くのは楽しいですね。最初の『母になる、石の礫で』では、いかにもSF的なアクション描写を書きましたが、今回はそれをもう少し泥くさくかけたかなと思います。
ただ、アクションによって生まれるカタルシスの比重はあまり大きくしたくなかったんです。『タフな狩り』は、全体としてはあまり気持ちよくない小説、爽快じゃない小説でなければいけないという気持ちがありました。厳しい未来社会の中で、追い詰められた主人公が運命を切り開いていくという分かりやすい展開はなるべく避けたい。ある程度はそういう展開になっていると思いますが、主人公の谷ががんばって敵を撃退するみたいな場面はないですし、そういうところでの爽快感は出さないというのは決めていましたね。
――たしかに活躍するのはほかの三人ですね。谷は主人公ですが、ほかの三人に比べて親しみが持ちにくいところもあります。いわゆるエンタメ小説の主人公とは違うタイプです。
倉田 そうなんです。谷は簡単には共感できないようなキャラクターにしています。谷が老人に対して差別意識を持っているのもそれが理由です。差別意識を持つことほど不幸なことはないのでそう設定しました。不幸を抱え込まざるを得なかった気の毒な青年を真ん中に置いて、周りが何だかんだ言いながらも彼を助ける。そういう構図を考えていました。

生成AIブームのその先に来るもの
――読者もプロローグで描かれている谷の苦境を知っているので、谷に共感しづらいけれど、見捨てられない、見守ってあげたいという気持ちも持つと思います。谷はカピバラという、人間ともAIともつかないオンライン・サービスに依存していますよね。カピバラの一言一言に谷が救われて生きている感じがまた切ない。
倉田 そういう気持ちで読んでいただけたら嬉しいです。カピバラの言葉は、谷を救う言葉であり、同時に谷を隷属状態にとどめる言葉でもあるんですよね。それがまた気の毒で。
『タフな狩り』でどういう科学技術を取り上げようかと考えた時に、浮かんだのが、一つは細胞培養の食品、もう一つが自動運転でした。どちらももっと大きなものの一部であるような技術です。培養食品は生き物の生体組織をすべて人工でつくってしまう技術の一部で、自動運転は、自律性のある機械全般の技術の一部です。その二つが重なったところに生まれたのが、谷たち四人が追う〈獣〉であり、カピバラがいるというイメージでした。
自律機械の中には人工知能も含まれてはいるんですけど、ここではフィジカルな存在であるというほうを重視しています。培養肉も自律機械もどちらも物理的に人間に影響を及ぼす存在です。いま話題になっている生成AIも社会を大きく変える技術ですが、人工生体組織と自律性のある機械は、それよりももっと深くより根本的に人間社会を変え得るものなんじゃないかなと思います。その先に、恐らく機械の神のようなものが、本物であれにせものであれ出てくるんじゃないかと。
――『タフな狩り』に登場するAIは、最近話題の生成AIではなく、非生成系AIですね。識別系とも言われるような、分析して整理するAI。生成AIのように新たな文章や画像、動画をつくり出さずに分析だけをする。そちらのAIが近未来で使われているとお考えですか。
倉田 生成AIは今後、下火になっていくのではないかと思っています。僕の印象ではAIの技術進歩の過程では脇道にそれた技術なんです。研究者ではないので、その印象が当たるかは分からないですが、生成AIは今後、おそらく大きな被害を社会に及ぼすだろうと思います。すでにAIと対話していた人が自殺した事件など、いろいろな事件が起きています。作中では同時多発自殺事件があったことにしました。
――倉田さんにとって『タフな狩り』は四冊目の小説になりますが、ハードSFの『母になる、石の礫で』でデビューされ、次がうなぎが絶滅した世界を描く『うなぎばか』と振り幅が大きく、小説以外にもIT系のギャグ漫画『食べ超』を描かれたりと多彩です。ご自身をどんな作家だとお考えですか。
倉田 読者からの感想で「倉田タカシは自分にとってパルプンテ的な作家である」というコメントを読んだことがあります。ドラクエに出てくる、効果が予測できない特殊呪文だそうで、当たり外れが激しいという意味だろうと解釈して、当たりもあるならまあいいか、と勝手に納得しました。その都度やりたいことをやっていて、自分としては違和感がないのですが、次に何が来るか分からない作家だ、みたいなことは言われますし、まあそれもいいかな、と思っています。
プロフィール
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倉田 タカシ (くらた・たかし)
1971年埼玉県生まれ。2009年文学フリマで出品した作品「紙片50」が、同年の『年間日本SF傑作選 量子回廊』に収録され、2010年に「夕暮れにゆうくりなき声満ちて風」で作家デビュー。2018年『うなぎばか』で第一回細谷正充賞を受賞。他の著書に『母になる、石の礫で』『あなたは月面に倒れている』。共著に『旅書簡集 ゆきあってしあさって』『未来の「奇縁」はヴァーズを超えて』がある。
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倉田タカシ
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