内容紹介
2063年。国の存在と概念が消え、都道府県は〈工場〉とされ、その設立が全国で進んだ。日本国民のおよそ90パーセントが海外企業の安価な労働力として売り渡され、海外では規制されていた業務を請けることで、なんとか生活していた。そんな工場のひとつからの脱出者・谷は、借金返済のため、ある施設から脱走した、培養組織の筋肉と毛皮をまとった自律機械を捕獲する仕事を請けることに。他のメンバーは、年齢も出自もバラバラだがやはり重い過去や現実を背負っている3人。そして、訳アリ戦士たちの生死を懸けたサバイバルの終わりに待っていたものとは。
プロフィール
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倉田 タカシ (くらた・たかし)
1971年埼玉県生まれ。2009年文学フリマで出品した作品「紙片50」が、同年の『年間日本SF傑作選 量子回廊』に収録され、2010年に「夕暮れにゆうくりなき声満ちて風」で作家デビュー。2018年『うなぎばか』で第一回細谷正充賞を受賞。他の著書に『母になる、石の礫で』『あなたは月面に倒れている』。共著に『旅書簡集 ゆきあってしあさって』『未来の「奇縁」はヴァーズを超えて』がある。
インタビュー
エッセイ
あなたの人生で、世界は何回終わりましたか
倉田タカシ
あなたの知っていた世界は、きょう終わりました。
そう言い渡されたような気持ちになることが、人の一生には何回くらいあるものでしょうか。世の中全体についてのことだけでなく、ごく個人的な状況のこともあるだろうし、深刻さの度合いもさまざまでしょうが、私にとって人生最大のそれは大状況のほう、二〇一一年三月の原発事故でした。あの日、それまでの日本は終わり、この国の住人は新しい現実を生きることになりました。
比べれば小さなことかもしれないけれど、小説すばる掲載の連作中編「タフな狩り」を書き始めた二〇一九年から、最終第四章を掲載いただいた二〇二五年までのあいだに、個人的な実感として世界は三回ほど終わりました。ひとつは新型コロナウイルスのパンデミック、ひとつはロシアによるウクライナ侵攻、そしてドナルド・トランプ二期目当選からの、いまも続く秩序破壊的な世界再編。それから、生成AIによるフェイクの氾濫がもたらした事実の検証不能化。四回ありました。
『タフな狩り』の単行本刊行にあわせたこのエッセイを書いている最中に、さらにもう一つ、「世界の終わり」につながりそうな事態が進行しています。トランプとネタニヤフによるでたらめなイラン攻撃が始まり、報復としてイランがホルムズ海峡を封鎖、未曾有の資源枯渇が多くの国に深刻な打撃を与えつつあります。この原稿が世に出る頃に日本がどんな状況に置かれているかをこんなに恐れながら書くことになるとは思いませんでした。
初校のゲラを戻してしまったのに、作中で回顧される二〇二〇年代の状況を「第三次世界大戦」と表現するかどうか、まだ迷っています。最悪、本すら出ないし、出るはずだった頃に自分がこの世にいないということすら(すごーく小さな確率とはいえ)ありうるのはなんとも気の重いものです。すでに中東で多くの人が殺されていることにも気持ちが沈みます。何の因果か、そういう状況を横目に見ながら、日本の住民が「世界の終わり」を迎える近未来小説の刊行準備を進めることになりました。
おもに二〇六三年の秋の出来事が語られるこの連作中編には、二〇四四年に本邦二度目の原発事故が、大地震に伴って起きたという設定があります。この地震と事故には、お笑いの繰り返しギャグを意味する「天丼」という俗称が与えられることになります。でも、これが作中における最大の「世界の終わり」ではありません。その前にもっと大きな社会の再編成が起きて、人々の暮らしが劇的に(悪いほうへ)変わります。作中に登場する「世界の終わり」は四回ほどありますので、ぜひ読んで数えてみてください。読む人によって数が違うかもしれません。
多くのSF作家は、未来におとずれるだろう変化を描きながら、同時にその陰画としての不変のものを探りあててもいます。未来を舞台にした多くの小説において変わらないもののひとつは、動物としての人間そのものです。さまざまな偏見や攻撃性の根幹には群生動物としての行動原理があり、大脳新皮質の理性はしばしば脳幹に沸き立つ衝動に操縦されている、こういったことを一般小説よりも詳らかに描けるのがSFの魅力のひとつであると思っています(人間がもうまったく人間じゃなくなってしまうお話もSFの得意とするところではありますが)。
そして、希望もまた、不変の人間性のなかに受け継がれていくものでしょう。
主人公たちは、暗い世情と厄介な個人的事情に心を荒ませながらも、小さな善意や共感を支えとして助け合い、生き延びていこうとします。同類を守りたいという衝動も、太古から不変の人間の特質です。
世界は何度も終わるけれど、人生は続き、希望も続く。そんな作品になっていると思います。お楽しみいただけたら幸いです。
「青春と読書」2026年6月号転載
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