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突撃インタビュー いまどき クリエイターズ

あくまで真面目に、真剣に。
作家・羽田圭介

記念すべき第1回は、最新作『走ル』が第139回芥川賞候補となるなど、注目の若手作家・羽田圭介さん。
当時最年少、17歳での文藝賞受賞という鮮烈なデビューから5年。
今年から会社員としての生活もスタートした、若き作家の素顔に迫ります!

デビュー作は、
「作者=ヤバイ人」?

当時最年少の17歳で文藝賞を受賞。
受賞作『黒冷水』は、兄弟間の執拗な家庭内ストーキングを描いた話題作だ。
兄の机をあさる弟、弟を監視し、追い詰めていく兄……。
冷戦はエスカレートし、衝撃のラストへと至る。
選考委員には「とても17歳とは思えない筆力」「息を吐く暇もない畳み掛けで、読者を引っ張る」「細部を描写するポイントが的確」等と言わしめ、毒々しくダークでリアルな作品の世界は読者を震撼させた。

羽田圭介(はだ・けいすけ)
1985年生まれ。明治大学卒。
2003年、高校在学中に執筆した「黒冷水」で第40回文藝賞を受賞し、デビュー。
著書に『黒冷水』『不思議の国のペニス』。
最新刊『走ル』が第139回芥川賞候補となった。

 

黒冷水

--デビュー作の前に、最新作『走ル』の原型など、題材がいくつかあったと聞いています。その中で、なぜこのテーマを選んだのでしょうか?

羽田: 大学ノートに箇条書きで書きたいことをメモしていたんですが、そこに「兄弟間の机あさり」とあったんです。その1行だけが目から離れない感じでした。僕は男子校に通っていたので、周りの友人たちから「弟の机からカード盗んだ」とか「エロ本がなんちゃらかんちゃら」という話をよく聞いていたし、「これはいける」と思いました。そこから膨らませていって、完成させたんです。

--『黒冷水』は、羽田さんご自身の経験と近いものを描いているように読めます。

羽田: 敢えて「主人公=作者」と思われるように書いていました。まだ実力的にも自信が無かったので、そうやって作者がヤバイ人だと思われたほうが、いいんじゃないのかなぁと思っていたんですよ(笑)。

--主人公(兄)は当時の羽田さんと同じ高校生ですし、通っている高校や舞台となっている地域も、羽田さんの経歴と重なりますよね。

羽田: 物語の舞台は当時の僕の生活環境と近いですが、主人公や周りの人の言動に関しては、フィクションです。それでも、作者とイコールで見られるように意識して書いていました。

--この作品を読んだ当時、私も高校生だったんですが、やっぱり「主人公=作者」と思って、すごい同世代がいるなぁと衝撃でした。

羽田: あれを学校の友達が最初に読んだときは、「おまえ、とんでもない嘘ついてるなー!」って言われました。賞を取って、テレビの取材を受けることもありましたが、会う人会う人、「もっと神経質な人かと思いました」って言うんですよね。読んだ人は本当にそう思ってしまうんだって、びっくりしました。

『黒冷水』を実話だと思った読者は多く、著者の狙いをはるかに超える反響があった。
17歳にして、読者を「騙す」ことのできる筆力の持ち主だったのだ。

 

不思議の国のペニス

「出会わない」というリアリティ

第2作『不思議の国のペニス』では、ひたすらに「エロ」を追求する男子校文化を描いた。デビュー作とは雰囲気が変わり、バカバカしくもどこかせつない、リアルな男子高校生の物語となっている。
最新作『走ル』も、主人公は男子高校生。「21世紀日本版『オン・ザ・ロード』」(読売新聞)とも称された、自転車ロード・ノベルだ。
主人公は、なんとなくロードバイクにまたがり、なんとなく北を目指して旅を始める。
羽田さん自身、高校時代に自転車で北海道まで旅をしたことがあり、既にこの作品の原型を書いていたという。

走ル

羽田: 大学2年生で2作目を出した後、次に自分は何を書きたいか考えました。色々書いてみては、途中でボツにしたり、悩んでいたんです。
それで、昔書いたものを見返していたら、この自転車ものの原型を見つけました。読んでみるとやっぱり拙いんですけど、自転車で走っているシーンだけはすごく生き生きとしていたんです。でも、それを書いた頃は、小説というものは起承転結があって人間が成長しなくちゃいけないと思っていたので、途中でボツにした原稿でした。
それに、自分は自転車に乗るのがすごく好きだったので、逆に敷居が高いテーマでもあったんです。でも、もう2冊出したし、なんとか完成させられるんじゃないかと思って、書き直し始めました。

--確かに、自転車で走っていく描写はすごく生き生きしていますよね。ハンガーノックに陥ったときの無気力感とか、市街地に近づいたときの安堵感とか……感覚として伝わってきます。しかも、何かを成し遂げるという大義名分もないままに走っていくというのが、新しいと思いました。

羽田: 単純に旅や出会いを通じて成長するような物語には、したくなかった。安易に他人と出会わせてしまうと、世の中に既にある小説と一緒になってしまう。それじゃあ今の時代に生きている自分が書く意味があるのか、と思いました。かといって、新しい風を起こすような出会いを書けるかっていうと、そんな自信もなかった。
それなら、現実のままシンプルに、走るってことだけを書こうと思ったんです。実際、自転車で走っていると驚くほど出会いなんて無いんですよ。人と話す体力なんて、残ってないですからね(笑)。食べること・走ること・休憩すること。それしか考えてないです。何か考えるとしても、しばらくしたら忘れてしまうような、どうでもいいことばかりです。その感覚をリアルに書きました。素直に書いただけなんです。

--そこは特に意識したところですか?

羽田: そうですね。放っておくとつい、誰かと出会わせたくなっちゃうんです。でも、意識して避けました。一度だけ、コンビニのおばちゃんの親切を受けるんですが、その人情に触れたことにも主人公は気づいていない。敢えてそういうふうに書きました。

 

まるで二宮金次郎--携帯に縛られる主人公

--『走ル』は、自転車に加えて携帯もキーになっていたと思います。新たな出会いやコミュニケーションがない代わりに、主人公は、道中ずっと東京の友人や彼女とメールをしていますよね。旅より、メールの返信に苦労している感じです。

羽田: でも、僕自身は、携帯はあまり使わないんです。

--えっ! ヘビーユーザーなのかと……。

羽田: いや、全く。だから、やたらと携帯を使う人に違和感があります。女の子とか、携帯を忘れたことに気づいたら、学校の近くまで来たのに1時間かけて取りに戻ったりするじゃないですか。その行動を可笑しがると、「は?」みたいな顔を真面目にされて……あれはちょっと怖いくらいです。僕は今日、家から3分くらいのところで携帯を忘れたことに気づいたんですけど、まぁいらねぇかって、そのまま来ちゃいました(笑)。

--携帯依存症のようになっているのは、確かに怖いですね。羽田さんの感じているその違和感が、主人公がやたらと携帯を気にして、縛られている状態に表れているんでしょうか。

羽田: 自転車乗りながらメールしている中学生とか、よく見ますよね。さっさと目的地まで走って、停まってからいじればいいのに。なんだか、二宮金次郎みたいですよ(笑)。この時代に、かじりついている対象が本や漫画なら、彼らも仲間からバカにされると思う。でも、それが携帯だとバカにされない。これって、ギャグだなぁと思うんですよ。怖いくらいの。

 

真面目に突き進む、だから面白い

--『黒冷水』、『不思議の国のペニス』を経て、羽田さんの作風は『走ル』でひとつ完成されたような気がします。若者の特異な行為をシリアスに描きながら、どこかバカバカしさを漂わせる。

羽田: そうですね。3作とも、実は主人公が自分のことにしか向き合っていないんです。他者と関わることはあっても、向き合っているのはあくまで自分。これを突き詰めていくと、何かおかしみのようなものが生まれてくるんじゃないかと思うんです。
例えば、阿部和重さんの作品も、何かに没頭する人物がよく描かれています。彼ら彼女らはいたって真面目で、阿部さんの文体も真面目なんですけど、笑えるところがいっぱいある。盲目的に、真面目にひとり突き進む姿は、傍から見るとけっこう面白い。そういうのが、自分は好きなんだと思います。

「真面目ゆえのおかしさ」は、羽田さんの作品に共通している要素だ。
過去の2作品でも、登場人物たちは真剣なのにどこかおバカ。
しかし、文章はいたって真面目。
だから、読み方を規定しない。
現代的なテーマや風俗を描いた青春小説としても読めるし、
突っ走る人間のおかしみを味わう読み方もできる。

 

通勤はロードバイクで17km!

今年の春から、新入社員として会社勤めを始めている羽田さん。
埼玉の実家から、茨城の社宅へ引っ越して半年が経った。
今は、勤務以外の時間をほとんどすべて執筆にあてているという生活。
忙しいけれど、学生時代より時間を大切に使うようになった。
就職することを決めたのは、「親もそのほうが安心するかと思って」とのことだ。

--学生から社会人となって、書こうとする題材やテーマは変わってきましたか?

羽田: 意外と、変わってないですね。会社と学校の違いというのは、あまり感じません。所属する共同体の違いによって人間の生活が変化するかっていうと、そうでもないんだと気づきました。昨日だって、学生時代と全く変わらず、社宅の部屋に持ち込んだ防音室で発声練習とかしていましたから(笑)。朝起きたら体重と体脂肪をはかって、牛乳飲んで。自転車も変わらず乗っていて、片道8.5kmを毎日ロードバイクで通勤しています。大学時代より、むしろ若返った感じです。仕事をしていたら間食もしないから痩せたし、健康的になりました(笑)。

 

キーワードは孤独感と必死感
--作家・羽田圭介のルーツ

環境の変化にも左右されず、マイペースに見える羽田さん。
飄々としていられる秘密は、「男の孤独感」にあるという。

羽田: 男って、もともと常に孤独なところがあると思うんです。自分の父親もそうですが、家族を養うために仕事を頑張るほど、仕事以外の人付き合いはどんどん減っていく。それでは仕事以外の遊びはどうかというと、男の場合、遊びといっても純粋な遊びではなくなってしまうように思うんです。極めていって仕事に結び付けようとしたり、合コンでわいわい集まるにしても、「この合コンで自分はこの子の連絡先を聞くぞ!」という目的達成のため頑張ってしまったり……。何をするにせよ、男は自分で勝手に目標を作って、それに向かって独りで勝手に頑張っている気がします。

--男性は、何をするにも孤軍奮闘してしまうということでしょうか。

羽田: 例えば、女の人が仲間同士で楽しく遊ぶのとは、なにか違う気がします。自転車にしても、遊びを超えて、必死な感じですからね。「ツール・ド・フランスに出るぞ!」みたいなことを、高校時代は本気で考えていましたし。女性には理解できないと思いますが、大なり小なり、男はそういうバカバカしくも真面目な目標を原動力にして動いているものだと思うんです。『走ル』にしても、主人公は遊びで走っている感じじゃないですからね。何のためにあんなに必死なのか(笑)。小説書くのも、趣味とか遊びとかじゃなく、必死ですよ。
そして、はじめから孤独だから、職場環境や生活が変わっても感じる変化が小さいのかなと思います。就職した大学時代の友達も、女の子はけっこう職場の人間関係で悩んでいたりするけれど、男はけっこう飄々としていて、せいぜい「疲れたー」と言ってるくらいです。もちろん誰もがそうとは言えないでしょうけど、僕は孤独な状態が普通だと思うんです。

こうした「孤独感」と「必死感」は、作品の色々なところに反映されている。
けれど、過剰な重々しさや深刻さは無い。
絶妙なバランス感覚なのだ。

 

小説家になったら、海外旅行しまくり?

--これまでに影響を受けたり、意識したりした作家はいますか?

羽田: まずは、椎名誠さん。中学受験をしたときに、よく国語の問題文に出てきて……「作者のいいたいことはどれですか」みたいなやつです(笑)。面白いと思いました。最初は『岳物語』から入って、中学に上がってから『あやしい探検隊』シリーズなどの旅行エッセイにハマりました。それから、椎名さんご自身が一番力を入れて書いているというSFものですね。『アド・バード』とか『砲艦銀鼠号』、一文一文がすべて面白いと思います。ゼロから世界を創り上げていくって、本当にすごい。
作家を意識したのもその頃ですが、椎名さんから入ったので、作家に憧れたというより、作家の生活スタイルに憧れたんです。中学2年の時、図書館で「小説家になる本」みたいなものを見て、「小説家になったら、椎名さんみたいに海外に旅行しまくって、エッセイ書いたりできるのかな」って(笑)。かなり、影響を受けていますね。

--その頃から、何か書いたりしていたんですか?

羽田: まだ書いてはいませんでした。作家になろうとはっきり意識したのは、高校1年生の時です。新聞に、綿矢りささんが17歳でデビューしたという記事が出ていたんです。それを見て、「あぁっ! 忘れてた。そろそろ自分もデビューしなきゃ!」って(笑)。あの時はけっこう記録にこだわっていたので、僕も17歳でやらなくてはと思ったんですね。
それから文芸誌を読み始めました。図書館で、各社の文芸誌のバックナンバーを読んで、新人賞受賞作を調べて……。

--やっぱり、すごく真面目ですよね(笑)。作家になろうと思って、ちゃんとバックナンバーを読むというところが。

羽田: 大学の付属校で受験が無かったからじゃないかなぁ(照)。所詮は気休めです。人の作品からヒントを得ても、結局は自分で考えないとダメですから。

--他に、好きな作家はいますか?

羽田: 藤沢周さん。文藝賞を受賞してから、「選考委員の方々に会う前に、皆さんの作品を読んでおかなくては!」と思ったんです。藤沢さんの作品は、その時に読んだのですが、ムズカシくて、あまり面白さがわかりませんでした。でも、大学2年の夏に読み直したら、すっごく面白かったんです。『礫』とか『SATORI』とか……全作品読みました。
吉田修一さんも好きです。俗っぽさの加減がものすごくうまいですよね。普段、本にはあまり興味がない人でも面白く読める作品が多いと思います。かといって、手を抜いているというわけでは全然ない。自分のやりたいことだけ追求するという小説家って多いと思うんですけど、なおかつ面白くて売れるものを書けるっていうのは、すごい。尊敬します。

 

「地続き」だから意味がある

--最近気になっているテーマなどはありますか?

羽田: テーマや題材はたくさん思いつくんですが、今はそれに筆が追いついていない感じです。
『走ル』の延長だと、バイクとか車とか、エンジンを使って走るものが気になります。今、大型二輪の免許を取るために教習所に通っているんですが、バイクは自転車と違って、スピードを出したりそれを操っている自分というものが、他人ごとなんですよ。自転車は身体を動かして走るので、その行為だけで必死。でも、バイクは自分の力を使わない。それだけ、色んなことを考える余裕もあるんです。スピードを出すほど、マシンと自分の身体は離れてゆく。自転車とは真逆です。
もう一つ興味があるのは、「地続き」ということです。例えば、『走ル』のひとつの重要な点は、主人公が通学路の延長でそのまま青森まで行ってしまうというところにあります。彼の旅は、あくまで日常の延長なんです。これが、飛行機や新幹線で移動してしまうと日常ではなくなってしまう。一瞬で目的地に着いて、一時的な、特別な経験として記憶に残るだけです。僕は、どこかに行くときはその過程にこそ意味があると思います。だから、自転車も自宅から乗っていくのが好きです。ここ数年のブームで自転車に乗り始めた人って、ウェアとマシンを買って、休日に電車で自転車を運んで、良い道だけ走るっていう人が多い。でも、僕は自宅から行きます。

--地続きに移動することで、自分の日常がどんどん拡大していく。羽田さんはそこに興味があるのですね。

羽田: 地続きに行くことは、日常のまま、どんどん地理的に侵略していく行為だと思うんです。だから、自転車よりさらにすごいと思うのが、「歩く」ことです。電車や車では入れないところに、自転車なら入れますよね。歩きなら、もう入れないところなんてほとんどありません。自分の日常を延長していって、どこまでも侵略していく。これって、すごく暴力的な行為だと思うんです。ゆくゆくは、このことについても書きたいと思います。

--シリーズで、『走ル』『歩ク』とか?

羽田: タイトルがどうなるかは、わからないですけどね(笑)。

羽田さんは、現代を生きる若者の世界を、新鮮な切り口で示してくれる。
時に毒々しく、時にバカバカしいほど突っ走って、時にシンプルに徹して。
デビューして5年とはいえ、まだ今年で23歳。
環境も人間関係も変化していくなかで、これからどんな作品を生み出していくのだろう。
同時代を生きる者として、今後も作家・羽田圭介から目が離せない。

取材うらばなし

自転車通勤の成果か、はたまたご自宅の防音室でのサウナ効果か(!?)モデル並みに引き締まったスタイルの羽田さん。「学生のころより痩せたし、若返りました(笑)」なんて、同じ年なのに老けキャラの新人タカナシとしては、羨ましいかぎり……! 写真撮影もばっちりでした。
終始真剣かつ気さくに話してくださり、ド緊張の第1回目ながら、興味深いお話を頂くことができました。
どうもありがとうございました!

 

マイブーム紹介 旬な人の、旬なもの。

MP3レコーダー
歌の発声練習をするとき、これで録音。ギターにも接続できるものです。社宅内に組み立て式の防音室を持ち込んでいて、その中でサウナ状態になりながら練習しています。自分の声を聴いて、自分で直さないと歌はうまくならない。小説も一緒ですよね。

やすり
古いバイクを磨くのにハマっています。これは、塗装はがしの段階のやすりで、180番。少し前までは、原付の塗装をはがしながら乗っていました。それに飽きてしまって、最近、大型二輪の免許を取ったところです。

 

イラスト ハヤシフミカ  写真 高橋依里

 
 

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