RENZABURO

突撃インタビュー いまどき クリエイターズ

伝えたい「現場」を描く
イラストルポライター 内澤旬子さん

図書館、トイレ、印刷所、屠畜……。
世界各地の様々な「現場」を取材してきたイラストルポライター・内澤旬子さん。
イラスト+ルポという独自の表現手段で、私たちに面白く、わかりやすく伝えてくれる。
著作ごとに意外なテーマと細やかな取材に驚かされるが、
最新刊『おやじがき』は、そんな内澤さんの遊び心がたっぷり詰まった「おやじの図鑑」だ。

「おやじ」たちへの、届かぬ愛

--街中で出会ったおやじたちを記録した『おやじがき 絶滅危惧種(レツドデータ)中年男性図鑑』が話題になっています。味のある濃ゆ~いおやじが満載のこの作品、10年前に作ったミニコミ誌が基になっているとのことですが、そもそも、なぜおやじの本を作ろうと思ったのですか?

内澤旬子(うちざわ・じゅんこ)
1967年生まれ。緻密な画力と旺盛な行動力で、世界各国の図書館、トイレ、印刷所などの様々な「現場」を取材してきた。著書に『センセイの書斎』『世界屠畜紀行』『おやじがき 絶滅危惧種(レツドデータ)中年男性図鑑』、共著に『印刷に恋して』『「本」に恋して』(松田哲夫・文)『東方見便録』(斉藤政喜・文)などがある。

 

おやじがき 絶滅危惧種(レツドデータ)中年男性図鑑

内澤: 普段から、「こんな面白いおやじがいたよ」という落書きをしていたんです。それを相方に見せていたところ、面白いから本にしてコミケに出そうと言いだしたので、「それじゃぁ、まぁ……」という感じでなんとなく本にしました。そうしたら、女子高生とかにすごくウケたんですよ。

--「こういうおやじ、いるよね~!」とつい人に見せたくなる本ですよね。内澤さんのシュールなイラストと、細部までよく観察されたコメントが本当に笑えます。以前から、街中でメモやスケッチをしていたのですか?

内澤: 日本では、そんなにしなかったです。人物スケッチを始めたのは、海外を放浪しているときでした。海外では、顔が違っていたり独自の民族服を着ていたりするので、いいなぁ、面白いなぁと思って描くんです。でも、帰国するとあまり描かない。そんなことを繰り返しているとき、ふと、「日本のおやじも見ようによっては面白いのではないか」と思ったんです。民族服を着たモンゴルのおやじも面白いけれど、日本のおやじの背広も一種の民族服。そう思って日本のおやじたちをよく見てみたら、すごく面白くなってきました。

--内澤さんにとって、日本のおやじは異民族だったのですね(笑)。おやじ以外にも、例えばかつて「オバタリアン」と称されたような「おばさん」たちもいましたが……。

内澤: いましたねぇ(笑)。でも、昔は女の人を描くのが苦手だったんです。うまく特徴がつかめなかった。海外では男の人を描くことが多かったからかなぁ。私がよく旅していたイスラム圏なんかは特に、「オレを描いてくれ」と寄ってくるのは、男ばっかりですからね。
最近は、女の人も描きますよ。ビッグコミックスペリオールで連載しているコラム「ひとガキ」は、『おやじがき』の老若男女版です。実は、担当者から「タイトルに<おやじ>はつけないでください!」と言われたもので……。

--えっ! なぜでしょうか?

内澤: 『おやじがき』は、ミニコミで出した頃からおやじには評判が悪いんですよ。女子にはすごくウケるんですが、当のおやじからは、「すごく身につまされた」とか「きつかった……」とか、そういう感想ばかりもらいます。先日も、飲み屋でこの本の話題になったら、隣のおじさんに「あなたが思っているより、おやじはずぅっとナイーブなんだよ!」と言われてしまいました(笑)。

--「すだれハゲ」とか「のりほお(頬の脇の肉が襟に載っている状態)」とか、現実であるがゆえに当事者は見たくないのでしょうか。でも、読んでみると本当におやじへの愛にあふれていますよね。

内澤: そうです。私は、すごくいいなぁと思って描いているんです。でも、おやじからすれば「こうはありたくない自分」を見せ付けられているようで、嫌なんでしょうね。

--こんなにも愛をもって描いているのに……届かぬ愛ですね。

 

「おやじ」は才能である!?

--『おやじがき』の副題は「絶滅危惧種(レツドデータ)中年男性図鑑」ですが、こうした味のあるおやじたちは絶滅の危機にあるのでしょうか。

内澤: 私は今40過ぎですが、今の40代がこういうおやじになっていくとは思えないんです。私たちの世代は、男女ともにファッション・カルチャー雑誌で育っている。昔から、他人の目を気にするように育ってきている。だから、例えばハゲてきても「すだれ」にすることはないと思うんですよね。

--今日は編集部から40代の男性が2名同席しているので、意見を聞いてみましょう。

編集E: ハゲたら、剃ります!

内澤: でしょう! 私たちの世代だと、ハゲたらスキンヘッドにするって言う人が多いんですよ。そういう自己防衛手段というか、おやじ化を回避する術を、今の40代は持っていますよね。

編集E: 僕らの世代でも、若い頃に雑誌文化に触れる機会のなかった人もいますよね。周りを見ると、そういう人は既に見事におやじ街道まっしぐらなんですが……。

内澤: 確かに、地域によっては同じ年でも完全におやじになっている人がたくさんいるところもありますね。『おやじがき』に描いた週刊誌系の某ノンフィクション作家も、同じ年なのに人前で靴下を脱ぐわ、完全にいいおやじでしたねぇ(笑)。

--おやじになるには、単純に年を重ねるだけでなく、才能が必要なのでしょうか。

内澤: 基本的に、人目を気にする感覚を若いうちに養っていないと、おやじになっていきますね。バブル期に青春を過ごし、モテを気にしてきた今の40代では、そういうおやじにはなかなかなれないと思います。女性は男性よりさらに見た目を気にするし、最近はなかなか「現役」を降りないから、味のある「おばさん」もどんどん減っていくでしょうね。

 

小説の挿絵は難しい

--内澤さんは、ご自身で取材し、文章とイラストを手がけるイラストルポと、イラストのみのお仕事を両方されています。イラストルポというジャンルは珍しいと思いますが、なぜこの手段を選んだのですか?

内澤: もともとはOL時代にお小遣い稼ぎ程度でイラストの仕事をしていたんです。OLを辞めてから、イラストだけでは食べていけなくて、知り合いの編集者からライター的な仕事ももらうようになりました。そのうちに、取材ができてイラストも描ける人を探している、というお話が『社会新報』(社民党の機関紙)からあり、そこでイラストルポの企画をさせてもらいました。イラストルポの仕事をするようになったのは、それからです。

--一方で、朝日新聞で連載されていた島田雅彦さんの小説『徒然王子』や雑誌『クウネル』の「おうち仕事」など、イラストのみの仕事も続けてらっしゃいますよね。ルポとイラストのみの仕事では、どんな違いがありますか?

内澤: イラストのみでも、「おうち仕事」や松田哲夫さんとの共著『印刷に恋して』『「本」に恋して』などは、取材の現場に自分も行っているので、描きやすいです。現場に行ってスケッチしてから描くので、イラストルポと同じ感覚です。
その点、小説の挿絵は難しい。絵が浮かぶ話と、浮かばない話があるんです。本物のプロならそんなことは言わず、どんな小説にも描けるんでしょうけれど、私にはまだ難しかったですね。

--『徒然王子』の挿絵は、今までの内澤さんの作風と少し違う雰囲気でしたね。シュールというか、シンプルですがとてもユーモラスだと思います。

内澤: 最初に、いつもの細密画ではとても350枚は描けないと思ったんです(笑)。ものすごく時間がかかるから。それで、『おやじがき』のようなシュールな感じの絵にしました。島田さんの文章も、不思議なタッチなんですよね。笑っていいのか、純文学として真剣に読むべきなのか時々わからなくなるような書き方だと思います。その、間をいっている感じに合わせてああいう絵にしました。
月刊誌の小説の挿絵を描いたこともありますが、毎回30枚くらいあるとやりやすいですよね。ここ、という見せ場を選べますから。その点、新聞は1回分が短いので、難しい回もあるんです。どう見せたら良いのか考えないといけない。新聞連載は、本当に勉強になりました。

 

世界屠畜紀行

扇情的には描きたくない

--内澤さんの作品のなかでも私が一番好きなのは、『世界屠畜紀行』です。屠畜、つまり動物を殺して肉にするまでの工程を、ここまで細かく真正面から記した本は、これまでありませんでした。東京の芝浦屠場や世界各地の屠畜の現場のルポというのは画期的なことで、しかも率直でユーモアを感じる文章がこれまでの「屠殺」のイメージを払拭している本だと思います。何より、緻密なイラストがふんだんに入っていることで、とてもわかりやすく個性的な本になっていると思います。ルポということならば写真という手段もあると思いますが、なぜイラストにしたのですか?

内澤: 工場の取材というのは特に、写真だとわかりづらいんです。『印刷に恋して』のときに実感したことですが、白黒の写真だと「なんとなくこんな感じのところで何か行われている」という状況しか伝わらない。工程のひとつひとつをきちんと把握するためには、イラストで描いたほうがいいんです。

--芝浦屠場に関してはカメラの持ち込み自体が禁止ですよね。

内澤: 過去に、顔のわかる作業写真が雑誌などに出ることで、いたたまれない思いをされた方がいたのでしょう。でも芝浦を取材したかった。それで、イラストなら良いですよね、とお願いしました。取材を申し込んだのは、O157の騒動があった後、BSEの問題が浮上する前のことでした。O157問題にしても、ちゃんと中を取材できないまま、屠場に原因があるのではとか、記者の間で噂がたったりしました。工程が全くのブラックボックスになっている屠場に、注目が集まり始めていた。そんななかでBSE問題が起きてしまう。これは、工程をきちんと見せたほうがいい、どこの誰がしているのか、ではなく、中でどう肉を作っているのか見せるべきだと、取材をお願いしたんです。

--その場でスケッチをされていたわけですが、かなりの時間がかかりますよね。

内澤: 芝浦には、半年くらい通いました。1日2、3枚しか描けないですからね。でも、おかげで工程の全てをきちんと見て、知ることができました。写真を撮ってちょっと見るだけでは、ひとつの工程がどういう意図で、どのように行われているのかはわかりません。あれだけ長い時間をかけて把握することができたので、海外の現場を見てもすぐに「あの工程を、この地域ではこういう風にやるんだな」という違いを理解できるようになりました。

--イラストが、とても緻密で客観的ですよね。

内澤: もっと扇情的に、おどろおどろしく血を描いたり、あるいはかわいらしく描く選択肢もありますよね。でも、私はそういう絵にはしたくなかったんです。屠畜について日本で最初に出る本ですし、最初で最後になる可能性もあるわけですから、何が行われているのか、きちんと記録しなくてはいけない。きちんと遺したい。そう思って描きました。

--緻密で「記録」に徹しながらも、内澤さんから対象への強い想いを感じるイラストだと思います。屠場で働く「職人」へのリスペクトを感じますし、肉を食べる以上、最初から最後までちゃんと見るぞという気持ちが伝わってきます。そこがいいと思います。

内澤: ありがとうございます。

 

「本」に恋して

月と軽トラ

--印刷、本、屠畜、おやじなど、幅広く興味をお持ちの内澤さんですが、いま気になっていることはありますか?

内澤: 月ですね。去年は1年間、新聞連載で動きがとれなかったんですが、その間のささやかな楽しみとして、月の観察をしていました。肉眼で観察して記録したり、国立天文台のサイトで月齢を調べたりするんです。

--なぜ月に興味を?

内澤: そのくらいしか、娯楽がなかったんです……(笑)。月は変わらずに自分を見てくれているなぁと。他には、新年号から『小説すばる』で連載している神奈川近代文学館についてのルポもありますし、畜産の取材も続けていきます。

--屠畜に続いて、今度は畜産についても取材してらっしゃるんですね。

内澤: 畜産農家を取材するために、移住して豚を飼う計画は進行中です。でも、軽トラに乗れるようにならなきゃいけないので、まずはペーパードライバー教習に行かないと(笑)。

 

「濃厚なおやじ汁」がしたたる図鑑で笑うもよし、
渾身の屠畜ルポを読んで学ぶもよし。
内澤さんのルポは、テーマが幅広い。
けれど、どの著作にも共通しているのは「見たい、知りたい」という好奇心と、
取材対象へ真っ直ぐに向き合い、ありのままを記録しようという姿勢だ。
次は何を見て、私たちにどう見せてくれるのか。楽しみでしかたない。

取材うらばなし

「実は本業は製本」とおっしゃるほど工芸製本を愛し、本を愛する内澤さん。手作業での製本は、さぞかし手先の器用さを要求されるはず。予想通り、とてもとても繊細な手をしていらっしゃいました。マイブームのメヘンディを絞る手の美しさをご覧あれ!
快活でさばさばとした話しっぷりと繊細な手もとに、内澤さんの著作の魅力(ワイルドな取材内容と緻密なイラスト)の両輪を見た気がしたなっしーなのでした。

*取材には、内澤さんがよく利用するというカフェ「ブーザンゴ」さんにご協力いただきました。こぢんまりとして雰囲気のよい古本カフェです。どうもありがとうございました!
ブックス&カフェ ブーザンゴ
〒113-0022 東京都文京区千駄木2-33-2
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マイブーム紹介 旬な人の、旬なもの。

(2)の段階。とっても細かい作業!

こんな感じで、一晩おけばできあがり。

メヘンディ。アラブ圏やインドに伝わる、10日くらいで消えるタトゥーです。へナタトゥーとも言うみたいですね。以前モロッコに旅行したときにトライしたんですが、ぼったくられてしまって……くやしいので自分でやってみたら、ハマッてしまいました。本当は、刺青を入れたいんですけれども。

[手順]

  1. 色のもとになる粉をレモン汁で練って、セロハンで作ったコーンに入れる。
  2. 肌のあたたかい部分に模様を描く(写真はインド圏の模様に近いです)。
  3. 一晩置いて洗い落とす。あたたかい状態をキープしないと色が入らないので注意。
 

イラスト ハヤシフミカ  写真 高橋依里

 
 

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