RENZABURO

突撃インタビュー いまどき クリエイターズ

「あるある~」「いるいる~」が聞きたくて
作家・春口裕子さん

職場内いじめ、友人同士の見栄の張り合い、マンションの奥様方の抗争……。
タイムリーなネタで、女社会の「チクチク感」を見事に表現する作家・春口裕子さん。
OL時代の経験を活かし、身近に居そうなイヤぁ~な女を次々に生み出します。
一方で、ほんわか優しいコラムも連載中。このギャップ、一体どういうこと!?
横浜の素敵なご自宅で、その秘密をうかがいました!

OLから作家へ

--春口さんは、損保会社での勤務を経て、2001年に作家としてデビューされました。会社ではどんなお仕事をされていたのですか?

春口裕子(はるぐち・ゆうこ)
1970年神奈川県生まれ。慶応大学文学部卒業。
損保会社勤務を経て、01年『火群の館』で第2回ホラーサスペンス大賞特別賞受賞。著書に、長編の『女優』、推理作家協会賞最終候補作を含む短編集『ホームシックシアター』、『イジ女(め)』。『結婚貧乏』『with you』『めぐり逢い』などアンソロジーへの参加も多数。
現在、asashi.comにてコラム「ぽれぽれサファリ」を連載中。

 

春口: 損害調査と広報です。何か書こうと思ったのは、広報の仕事がきっかけでした。社内報を作っていたのですが、編集後記として、400字程度のフリースペースに初めてモノを書くことになったんです。それが、やり始めたら面白くて……。

--どんなことを書いていたのですか?

春口: 最初は、ちゃんと編集にまつわることを書いていました。でも、だんだん楽しくなってしまって、全く関係のない内容になってきて……今、「ぽれぽれサファリ」で書いているような身辺雑記になりました。その社内報での連載を、ネット上で有料で原稿を添削している元編集者の方に見てもらったんです。そうしたら、「これでは短すぎるので、もう少し長いものを書いてみて」とアドバイスされました。そこで初めて、自分も小説を書いていいんだ! と思って、書き始めました。28歳の時ですね。

イジ女

--春口さんの小説には、会社勤めの経験がかなり活かされているように思います。近刊の短編集『イジ女』もすごかったです。社員食堂での仲間外れや雑居ビル屋上のランチの様子など、OLたちの日常に潜むチクチクとした感じ、女社会の嫌な感じがつぶさに描かれていて、「うわぁ~、ありそう!」と声を上げてしまいました。

春口: たしかに会社での経験はかなり盛り込んでいて、書きたかったのは、あの頃のあの場面、という作品もけっこうあります。「イジ女」はまさにそれで、社員食堂のシーンが書きたくて生まれたと言ってもいい作品です。ひとりでレストランや食堂に入るのは平気でも、社員食堂でひとりは居心地が悪い。私もそうでしたし、同僚にもそういう人が多かった。皆が同じ場所に集まると、「差」が浮き彫りになるような、どこか監視しあっているような気持ちになる。ずっと、その息苦しい感じ、ざらざらした感じを書きたいと思っていました。

 

怖がりなのに、デビューはホラー小説

火群の館

--デビュー作は『火群の館』。ホラーサスペンス大賞特別賞を受賞してのデビューでしたが、なぜホラーを選んだのですか?

春口: 最初から意識していたわけではありませんでした。実は、審査員の方々を見て応募したんです。好きな作家さんばかりだったんですよ。

--当時の選考委員は桐野夏生さん、宮部みゆきさん、大沢在昌さんですね。ミステリーの愛読者だったのですか?

春口: もともとはあまり読んだことがなかったのですが、二十歳位の時に小池真理子さんの『彼方の悪魔』を読んでハマりまして、そこから、小池さんや宮部さんの作品を次々に読みました。 その影響もあって、最初に応募した小説は、サスペンスっぽいものでした。それは最終候補に残ったものの落ちてしまいましたが、新潮社の編集者が付いてくださいました。その方と打合せしながら書いていったところ、どんどんホラー色が強くなっていったんです。

--『火群の館』は、蛇口から溢れる黒髪とか、乱舞する蛆虫とか、日本的ホラーの要素がたっぷりと詰まっています。しかも、「嫌な感じ」のディテールが研ぎ澄まされていますよね。

春口: 基本的には、自分が気持ち悪いと思うもの、ざわっとくるものを書きました。

--日常的に、そういうネタをメモしたりして集めているのですか?

春口: メモすることもありますが、ずぼらなので、紛失してしまうんですよね(笑)。不思議なことに、何年も前に経験したことが、執筆の途中でふわっと浮かんでくることがあるんです。その出来事が起きた時点ではネタにならないんですが、ずいぶん後になってから、当時の誰かのセリフが頭に浮かんできたりする。そうなると、(執筆が)うまくいくことが多いです。

--デビュー作は特に日本のホラー映画のような印象が強いですが、よくご覧になるのですか?

春口: それが、怖くてなかなか……。

--えぇっ! こんなに怖い小説を書いているのに!?

春口: 観るのは好きなんですが、その後2週間位は本当に電気を消せなくなっちゃうんです。お風呂も、目を開けていないとシャンプーできなくなるし。お化け屋敷でパニックになって、出口じゃないところから出ようとして、壁を壊してしまったこともあります(笑)。『リング』を観たときなんて、もう大変でした。

--怖がりだからこそ、恐怖感をもよおすディテールを色々と思いつくのかもしれませんね。

 

「イヤぁ~な女」のデータバンク!?

--第2作『女優』は、見栄を張りあう、女たちの哀しい性を描ききった作品だと思います。大手広告代理店勤務の沙耶、有閑マダムの美紀子という友人たちを相手に、主人公・佳乃はあらゆる嘘をつき続けます。大手化粧品会社のPR担当のふりをしたり、広尾のアパートの手前でタクシーを降りて高級マンションに住んでいるように見せかけたり……。ラストは「そこまでするか!」という展開になりますが、随所で「これって、あの人のこと!?」と思うようなリアリティがありました。

春口: 「これって、あの人のことでしょう」とはよく言われます。でも、どの作品にもモデルはいないんです。基本的には、自分の中の嫌だなと思っている部分を膨らませていきます。見栄っ張りなところなんてまさにそう。今日も、皆さんがいらっしゃるというので死ぬ気で掃除しました。

--見栄だったり、いじわるだったり、春口さんが描く女の「嫌な部分」は多くの女性をハッとさせると思います。『イジ女』などの短編集では、毒気のある女が勢ぞろいですよね。これだけ色々な女を量産できることに驚かされるのですが、「嫌な女」データバンクでもお持ちなのでしょうか?

カラフル

春口: あったら、いいですね~(笑)。私の周囲には、そんな人はあまり居ません。特に今は会社勤めをしていなくて、会いたい人にだけ会っていれば良いので困ることも少ないし。

--新聞やテレビの情報は参考にしますか?

春口: もちろん見てはいますが、なかなか作品には直結しません。そういう、メディアからの情報とか、友人のセリフとか実体験とかは、本当に何年も経ってからふわっと舞い降りてくる感じなんです。

--春口さんの中で、情報が蓄積・醸造されていくのですね。でも、何年か経っているわりには、タイムリーなネタが盛りだくさんという印象を受けます。『イジ女』の「目立とう精神」では、高級住宅街のマンションに越した主婦が周囲にあわせて「M社のベビーカー」を買ったり、オシャレな主婦雑誌の取材でひと騒動あったりと、まさに今ありそうな出来事がチクチクと胸を刺してきました。

女優

春口: あの作品は、2つのエピソードがヒントになっています。1つはベビーカーに関する話。「マクラーレンじゃなきゃ、恥ずかしくて出かけられない」と言う友人がいまして、そんな世界があるのかとびっくりしたんです。もう1つは都心の高級マンションに住んでいる友人の話。住人専用のネット掲示板で、ある住人が「自転車置き場を造ってほしい」と書き込んだところ、他の住人から「自転車にしか乗れないような貧乏人は出て行け」とか「タクシーに乗れ!」という反応があったらしいんです。なんという話かと。いずれも4、5年前のことで、この2つの話が核になって短編が生まれました。

--マクラーレンのバギーが流行したのは、この2、3年のことだと思います。春口さんのお友達は、情報感度が高いのですね。そう考えてみると、『イジ女』に出てきて今はまだ話題になっていないような怖いエピソードも、何年後かに社会現象になっているかもしれませんね。恐ろしいですが、少しわくわくしてしまいます。

 

いじわるな小説、優しげなコラム

--春口さんの作品における最大の謎は、フィクションとノンフィクションの雰囲気が全く違うという点だと思います。連載中の「ぽれぽれサファリ」では、お子さんや旦那様との日常を優しい視点で描いていて、ゆるい雰囲気で心地良く読めます。ところが、小説は女の嫌な習性や日常に潜む恐ろしい出来事のオンパレード。小説は社会をすごくいじわるに見ているというか、痛いところを突くのが上手だと思います。この違いは、一体どこから生まれるのでしょうか?

春口: 私も教えてほしいです。なぜだか、コラムはゆるい感じになるし、小説はイヤぁ~な感じになる。試しにコラムやエッセイも少しいじわるに書いてみようとしたんですが、全く筆が進みませんでした。逆に、小説で「良い話」を書いてみたら、なんだかすごく評判が悪かったし。
コラムはネット連載なので、よく読者の方からメールをいただきます。その中で、ファンの方から「今度は小説を読んでみま~す!」というものがあったのですが、その後「読みました……びっくりしました……」という微妙なメールが来たことがありました(笑)。

--コラムのような優しい世界を期待して読んだら、それは驚きますよね。

春口: 逆に、小説の読者がコラムを覗きにきてくれて、「ちょっと戸惑っています……」という感想が来たりもしますよ(笑)。
私も一時期、真剣に悩みました。こんなに一貫性がないのは作家として人としてどうなのかと。でも、あるインタビュー記事の中でリリー・フランキーさんが「すごく嫌いな人がいて、その人を殺してやりたいと思う。でも、その次の瞬間に世界平和のことを考えたりする。人間って、そういうものだ」というようなことを仰っていたんです。それを見て、自分もこれで良いのかなと、勝手に思うことにしました。

--そのギャップが、春口さんの魅力なのだと思います。

 

「ママトモ」づくりで、じりじり……

--春口さんは今年初めにご長男を出産されました。お子さんを得たことで、新しく書きたいテーマなど出てきましたか?

春口: 今、子どもが7ヶ月(2008年9月現在)なのですが、いまだ私には「ママトモ」がいないんですよ。ご近所には小さいお子さんのいる家庭も多いみたいですが、まだ挨拶をする程度で、友達にまで辿りつけていません。公園もなんだか行きづらくて。声を掛けられず、いじいじ、じりじりとしている日々です。

--その湿度の高い状態から、何かネタが出てきそうですね。ママトモたちが繰り広げる女の戦い。それぞれに、濃い物語がありそうですね。そして、やっぱりドロドロとしていて怖そう(笑)。

春口: 最近つくづく思うのは、子どもには自分の小説を読ませたくないなあということです。世の中がこんなに悪意に満ちているということは、特に小さいうちは知ってほしくない。自分はたぶんこれからも、世の中の嫌なところ、怖いところを書いていくんだろうと思います。それも、取るに足らない、くだらない、とされているものを書いていきたい。毎日の生活の多くは「くだらないこと」から成っていて、私たちはそれに一喜一憂する――腹を立てたり、悲しんだり、笑ったり、幸せを感じたりしていると思うからです。
コラムと小説で、共通点があるとすれば、そこかもしれません。普段は言葉にしないようなささいなこと、皆がじりじりと感じていそうなことを書いて、「あるある」「わかるわかる」と思ってもらえたら嬉しいなあと。

 

「女のイヤぁ~なところ」は、きっと誰でも思い当たる節がある。
春口さんは、それを様々な物語に変換して、私たちに示してくれる。
時には深刻に突きつめてホラーに、
時には過剰なまでに誇張してユーモラスに、
時には哀愁を込めて。
読者は「あるある~、こういうこと!」「いるいる~、こういう女!」と呟きながら、すっきりしたり、「皆、そんなものよね」と、どこか救われた気持ちになったりするのだろう。
現在「自称育休中」の春口さん。
育休明け、次はどんな「あるある」を見せてくれるのか。期待していよう。

取材うらばなし

一児の母とは思えぬほど、快活として美しい春口さん。ぽかぽかと日差しの降り注ぐご自宅で、最後は7ヶ月のご長男も登場しての楽しい取材となりました。「ホラー小説を書くのに実は怖がり」というお話は意外でしたが、最近、お子さんに心霊写真騒動があったそうで、取材中その件をカメラマンに真剣に相談する場面も。そういえば、玄関にあったバギーにもお守りが……! 怖がりならではの発想が、作品に活かされているのかも?

 

マイブーム紹介 旬な人の、旬なもの。

「今は本当に、子どもに夢中なんです。親馬鹿ですみません……」

かぼちゃと手
「ミシュラン」のキャラクターみたいな太ももと、お気に入りのかぼちゃのぬいぐるみ。「種ちゃん」が取り出せるのです。

 

オモチャ色々
リビングは、色とりどりのおもちゃが占拠しています。

 

イラスト ハヤシフミカ  写真 高橋依里

 
 

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