『無音 忌み語を紡ぐ町』刊行記念インタビュー 櫛木理宇「想像力に訴えかける「音」のホラーは、小説に向いている」
人間心理の暗部に切り込んだサイコサスペンスや犯罪小説で人気を博す作家・櫛木理宇さん。新作『無音 忌み語を紡ぐ町』は、決して口に出してはいけない言葉(=忌み語)が数多く存在する、地方都市を舞台にしたホラー小説です。夫・健介の転勤をきっかけに、生まれ育ったD県十櫃町に帰ってきた高嶋那月。再婚によって娘の沙希の名前が忌み語になってしまったことから、不気味な出来事に悩まされるように……。母親の呪縛や娘との距離感、妊娠時の不安に悩まされながらも、必死に怪異に立ち向かってゆく那月の姿に引き込まれる戦慄の“聴覚”ホラーについて、櫛木さんにお話を伺いました。
聞き手・構成/朝宮運河 撮影/露木聡子
実話の要素を盛り込むことで、物語のリアリティが高まった
――『無音 忌み語を紡ぐ町』は、声や音、歌など聴覚的な恐怖を扱ったホラー小説です。執筆の経緯を教えていただけますか。
「音の怖さ」には以前から関心があったんです。たとえば作中にも出てきますが、ワライカワセミの鳴き声って怖いですよね。人間が大笑いしている声にそっくりで、夜の山であれに出くわしたら相当怖いと思う。悪魔と呼ぶ国があるのも納得です。子熊の声が「おいっ、おいっ」というおじさんの声に聞こえる動画もあって、それも怖いのについ何度も再生してしまいます(笑)。ホラーはどうしても視覚的要素が大きな比重を占めるジャンルですが、ビジュアルの怖さでは映像に敵わない。その点、音なら想像力に訴えかけることで怖さを増幅させられるので、小説向きかなという気もして。それで今回「忌み語」を中心にしたホラーを書いてみることにしました。
――物語の舞台であるD県十櫃町には住人たちが決して口にしない、忌み語と呼ばれる言葉があります。「タガイチガイ」「アカンボ」「トリカエゴ」などの言葉はタブーとして避けられ、似た言葉に言い換えられている。この設定がまず不気味ですね。
忌み言葉と呼ばれるものなら、現代でも残っていますよね。たとえば受験生の前で「落ちる」「すべる」を言わないようにするとか。これは縁起担ぎのようなものですが、十櫃町の忌み語はそれらとは違って、言葉の意味はほぼ関係ないんです。口に出すこと自体が禁忌で、それを破ったら何かが発動してしまう。実際、トリカエゴなどの忌み語は、わたしがなんとなく怖いと感じる言葉を選んでいて、深い意味は持たせていません。後半ちょっとは繫がってくるんですが、基本的には音の響きで選んでいきました。
――忌み語のひとつに十八年前、自ら命を絶った少女の名「タカシマサキ」があります。八歳の娘の名前がたまたまその忌み語であったために、主人公・高嶋那月は難しい立場に立たされることに。
再婚によって主人公の娘の名前が忌み語になってしまう、というアイデアがひとつの出発点でした。「タカシマサキ」という名前も、当初から決定していたんです。特別恐ろしい響きでもないですが、なぜか惹かれるものがあって。いい名前がぽんと決まると、その先のストーリーが転がしやすくなりますね。
――物語は二部構成になっていて、「第一部 有音」では忌み語にまつわるエピソードが、町の過去とともに語られていきます。同級生・鷹島咲の葬儀で那月が聞いた「ひーい」という声。町内の中学校で起こった不可解な自殺。どれもぞっとするような、気味の悪い話ばかりです。
短い怪談をいくつも並べて、雰囲気を作り上げたうえで本題に入るという構成にしてみました。こういう二部構成はあまり例がないし、面白いんじゃないかなと。それぞれの怪談は得体の知れなさを重視して、理屈で割り切れる話にはしていません。たとえば中学校では何が起こっていたのか、説明しようと思えばできるけど答えはよく分からない。
――作中には十櫃町の謎に迫ったオカルト雑誌の記事も引用されていて、リアルな怖さをいっそう強めています。
いかにもそれっぽい記事を書くのは楽しかったですね。あの中で紹介している不可解な事件や心霊スポットには、実在するものも含まれているんです。たとえば壁に妊婦の絵が描かれた廃墟ホテルは、オカルト好きの間でよく知られた物件。気になる人は検索してみてください。実話の要素を盛り込むことで物語のリアリティが高まり、最近流行のモキュメンタリー(フェイクドキュメンタリー)に近いような手触りが出せたかなと思います。

町ホラーであると同時に、マタニティホラーでもある
――そして「第二部 無音」では十櫃町の現在が描かれます。夫の健介、娘の沙希とともに生まれ故郷に帰ってきた主婦の那月。しかし新生活は少しずつ不穏な気配に覆われて……。主人公の那月をどのようなキャラクターとして描いたのでしょうか。
誰でも共感しやすい、癖のないキャラクターとして描きました。同性の前では明るく面白い子だけど、男の子の前では萎縮してしまう。高圧的な人には逆らえず、つい流されてしまう。結構いるタイプの女性だと思いますよ。母親との関係に悩んでいて、そのせいでわが子を素直に可愛がれないという心理も、共感できる方が多いのではないでしょうか。母と娘の確執はこれまで何度か扱ってきた題材ですが、ホラーとして描くことで、また違った角度から光を当てられるのではと思いました。
――町の住人たちは、沙希の名が忌み語であることに困惑し、那月の幼なじみの透子もあだ名で呼んではどうかと提案します。
町の人たちも悪意があるわけではなく、むしろ那月一家のことを思いやっているんですよね。じゃあ忌み語のタブーを無視できるかといえば、それもできない。過去に忌み語が引き金になって、何度も死の連鎖が続いているからです。まあここまで極端な形じゃなくても、よく分からないルールを守っている地域って、日本全国にあると思います。わたしの友人が住んでいるエリアは、回覧板を必ず対面で渡さないといけないらしいですが、郵便受けに入れたって別に困らないはずですよね(笑)。でも今さら変えるのも面倒だし、波風が立たないならこれまで通りでいいじゃないか、という消極的な理由でルールが保たれていく。
――無口でマイペースな沙希のことを大切にしよう、理解しようと思っても、なかなかうまく振る舞えない那月。沙希との関係は日に日に冷えていき、わが子に恐怖すら覚えるようになります。このあたりの心理描写は、読んでいて苦しくなるほどです。
自分の娘が理解できない、変わっていくことに恐怖を覚えるという感覚は、女性なら特に分かってもらえるのではないでしょうか。男性は息子が変わっていくことに、戸惑っても恐怖までは抱かないのではないかと思うんです。このあたりはホラーの怖さというより、より現実的な怖さですね。第一部でこの町はおかしいということが示されているので、高嶋家のさまざまな異変も超自然現象として解釈できますが、見方を変えると子育てに悩む一人の女性の物語でもあるんです。
――沙希がジャムの瓶のラベルを音読するシーンも怖いですね。「みずあめ、さとう、ぶどうとう」……という無機質な音の連なりが、那月の日常を歪めていきます。
単調にずっと何かを音読しているのって怖いじゃないですか。そこに「やつらは、わなをしかけます」とか「はつどうするよう、しむけます」といった言葉がまざっていたら、ぞっとするんじゃないかと。あれは気に入っている場面ですね。もうひとつ気に入っているのが、沙希が「あいつら、コトバわかんないんだもん」と那月に向かって呟くシーン。ワライカワセミの鳴き声じゃないですけど、人間の言葉を理解していないものが、音だけを真似している状況ってかなり怖いんじゃないかと思います。
――那月は二人目の子を妊娠中で、重いつわりに苦しんでいます。そこに別れた元夫が沙希に会わせろと連絡してきたり、そりの合わない母親がちくちく嫌味を言ってきたりと、神経のすり減るような出来事が相次いで起こり、那月は追い詰められていきます。
四面楚歌ですよね。那月をさらに追い詰めるために、夫の健介はあえて健康的で、オカルト的なものを一切信じないタイプにしました。しかも仕事が忙しくて、毎日ほとんど家を空けている。書いていてイメージしたのは、『ローズマリーの赤ちゃん』のような孤独の恐ろしさでした。
――ニューヨークのマンションで暮らす新婚夫婦が奇怪な事件に巻き込まれていく、ホラー小説、オカルトホラー映画の名作ですね。
『ローズマリーの赤ちゃん』は悪魔崇拝を扱った作品ですが、妊娠中の女性が抱きやすい“自分の中に恐ろしいものが宿っている”という不安を象徴しているともいえます。妊娠中は体だけでなく心も変化するはずですし、自分のことが自分でも分からなくなるような状態に陥りがちだと思います。それは女性にとってかなりホラーな体験。この作品でもどこまでが那月の思い込みでどこからが現実か、あえて曖昧な書き方をしていて。ひょっとするとすべて那月の病んだ心が生みだした、幻想だったのかもしれない。町ホラーであると同時に、マタニティホラーでもあるんでしょうね。
母と娘の関係性の変化にも注目してほしい
――この作品が怖いのは、一連の現象を引き起こしているものが何なのか、元凶らしきものは示唆されますが、曖昧なままで話が進んでいく点です。
負の感情がたまった土地に、悪いものが集まってきているという感じです。はっきり元凶を示してしまうと、誰かを悪者扱いすることになりますし、何よりあまり怖くないと思うんですよ。最近話題になった『WEAPONS ウェポンズ』というホラー映画でも、怖いのは得体の知れない現象が次々起こる前半ですよね。後半で種明かしがされると、なあんだ、という感じになる。これは個人の感覚で、はっきり原因が分かったほうが怖いという方もいるでしょうけど。わたしは最後まで分からないほうが怖いと感じるタイプです。
――町では死の連鎖が起こりかけ、那月の精神もぎりぎりの状態に陥っていく。そこに現れて力を貸してくれるのが霊能者の女性です。
といっても澤村伊智さんの「比嘉姉妹」シリーズのように、鮮やかに怪異を鎮めてくれるわけではないですけど。ホラーに霊能者やお祓いを出すのって難しいんです。書き方によっては安心感が生まれて、怖さが減ってしまう。この作品の霊能者は那月にアドバイスをしてくれますが、根本的な解決ができるわけではない。あくまで対症療法なんです。そういう意味では、悲観的で救いのない話だなとも思います。
――確かにここまで悲観的で、読んでいて不安になるホラーも珍しいと思います。しかし一方で、家族の関係を問い直す人間ドラマとしても読み応えがありました。
ホラーなのでやっぱり怖がらせたいですし、読んで嫌な気持ちにはなってほしいですが、那月と沙希の関係性の変化にも注目してほしいですね。毒親の呪縛を断ち切って、那月が押さえつけていた自分を解放するという話でもあるので、共感してもらえる部分が多いと思います。ホラー好きはもちろんですが、特に女性に読んでもらいたいです。
――毒親の呪縛、子どもを愛せない母親など、世相を反映したトピックを含んでいる作品でもあります。そうした現代性や時事性はどの程度意識しているんでしょうか。
やっぱりある程度は意識します。目を留めてもらうためのフックとして、そうしたテーマや問題提起があったほうがいいと思います。母子関係で悩んでいる方は多いでしょうし、那月の悩みを自分ごととして読んでもらえるかなと。わたしが書いているのはエンタメですから、社会問題を取り入れることで社会にもの申したい気持ちより、面白くしたいという気持ちのほうが強いです。例外は今年出した『氷河期のゴミ』で、あれはもの申したいという気持ちが強かったですね。
書いているときはなぜ怖くないのか
――櫛木さんはホラーがかなりお好きだそうですが、特に影響を受けた作家や作品はありますか。
こういうホラーを書きたいと常々思っているのはスティーヴン・キングの作品。キングのホラーって怪異は怪異として、人間ドラマもものすごく濃密に描くじゃないですか。キャラクターの生活を克明に描くことで、圧倒的なリアリティを出していく。あの手法はまさに小説ならではで、ホラーのひとつの理想型だと思います。『ペット・セマタリー』なんて本題に入るまでがとにかく長いんですが、やっぱりあの部分がないとただのB級ホラーになっちゃうんですよね。だからストーリーだけを抜き出したキングの映像化は、大抵失敗するんですけど(笑)。
――今年三月には『鬼門の村』というホラーが刊行され、こちらも大好評です。今後はホラーにも力を入れていかれるのでしょうか。
そうですね。デビュー以来書き続けている「ホーンテッド・キャンパス」シリーズは、ラブコメ主体なのでそこまで怖くはないんです。本格的なホラーを目指したのは『鬼門の村』が初めてですが、やっぱり怖い場面を書いたり考えたりするのは楽しいんですよね。これからも依頼があれば、もっとホラーを書いていきたいですね。
――『無音』にも怖いシーンがたくさんありましたからね。沙希が引き戸の陰から那月を見つめていたり、壁に赤ん坊のシルエットが浮かんだり。こういうシーンを書いていて、怖くはなりませんか。
書いているときは怖くないですね。自分の頭の中にあるものを、外に出しているだけですから。小学校のスピーカーから歌声が聞こえてくるという場面があるんですが、あそこは小説ならではだと思います。映画だったらメロディと歌詞を具体的に描かないといけませんが、文章だと読者それぞれが一番怖い歌を思い浮かべてくれる。想像することでイメージが膨らみ、怖さが増幅するのが、ホラー小説の面白さだなと思います。
「青春と読書」2026年9月号転載
プロフィール
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櫛木 理宇 (くしき・りう)
1972年新潟県生まれ。2012年『ホーンテッド・キャンパス』で第19回日本ホラー小説大賞読者賞を、同年『赤と白』で第25回小説すばる新人賞を受賞。
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