
2025年3月5日発売の新刊から、冒頭の10章を特別集中連載! 『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』の著者が忙しい現代人へおくる、優しい読書エッセイです。
04:薄い本を読む
2025年01月16日
京都の旅行記を一緒に書いている知人たちと、ソウルの弘大 入口駅近くのカフェに集まった日のことだ。文章と旅行という共通項のおかげか、わたしたちはすぐに親しくなり、よく一緒に遊んだ。今日くらいは真面目に仕事の話をしようと、みんな真剣な雰囲気になっていた。それぞれの書いた文章を回し読みしながら、どういう感じの旅行記にするか話し合っていると、仕事で遅れてきた知人が、席につくなりかばんから本を取り出しはじめた。
まるで金銀財宝があふれ出す宝箱のように、本が次から次へと出てきた。テーブルの一角に立派な「本の塔」がそびえ立った。話を中断し、塔が高くなっていくさまを静かに見守っていたわたしたちは、やがて本をじっくり観察しはじめた。おのずと嘆声が漏れる。うわー、この本ほんとにかわいい、形がすごく独特だね、中のイラストも素敵、どの本も凝ってる、日本は本を作るのが本当にうまいよね。
出版社に勤める知人が、旅行記を書くのに参考になるかもしれないと、わざわざ選んできてくれた日本の本だ。どの本もこぢんまりしたサイズで、文章とイラストがよくマッチしていて、見ているだけで楽しかった。判型も一般的なものではなく、ある本は縦より横のほうが目立って長かった。何より、どれもこれも薄い本だ。手の中にすっぽり収まる本を手にして、誰かがこう言った。これ読みたいから日本語を習おうっと!
手のひらサイズの本が、外国語学習のハードルまで下げてくれたのだろうか。わたしも目の前にある本を全部読んでみたい、との思いがむくむくと湧き上がってきた。読者の心をむずむずさせる、薄い本の威力だ。
近ごろ、薄い本をよく目にする。驚くほど薄い本もある。先日手に取った本は文字どおり手のひらサイズで、99ページしかない。表紙に「『ニューヨーク・タイムズ』ベストセラー1位」という謳い文句が誇らしげに記されていた。ひょっとするとアメリカの人たちも、日本の本に夢中になったわたしたちのように、まず本の薄さに惹かれたのかもしれないと思った。
今、わたしの机の上にも薄い本が1冊置いてある。「ニューヨーク・タイムズ」ベストセラー本より、横は1センチ、縦は3センチほど大きい。168ページあるが、ところどころにイラストが入っているし見開きの左側はほぼ空白なので、もしかしたら「ニューヨーク・タイムズ」ベストセラー本より全体の文字数は少ないかもしれない。こういう薄い本を目にすると、読む前から妙に満足した気分になる。2、3時間ほど集中すれば、これも「読んだ本」になるはずだから!
頭も心も重い日には、負担の少ない薄い本に手が伸びる。頭も心もしょっちゅう重くなるわたしは、だから薄い本をよく読む。今日も薄い本を読んだ。机の上に置いてあるという、まさにその本、イ・ギジュンの『저, 죄송한데요』(日本語直訳『あの、すみませんが』)だ。読みながら何度笑ったことか。小心ぶりにも限度があるとしたら、その限度のはるか上を行く著者の告白に、世のすべての小心者たちはホッと胸をなで下ろすことだろう。わたしなんて小心者のうちに入らないんだ、と喜びながら。
読んでいてクスクス笑えるこの本の中に、「ああ、そうそう。わかる、わかる」と、うれしくなるような表現もいくつか見つけた。
誰しも時には雰囲気を変えることが必要です。バッハばかり聴いていると急にビースティ・ボーイズ〔訳注:アメリカのヒップホップグループ〕が聴きたくなるように、まったく新しい世界を経験したくなったりもします。そんなときは、どこに何があるのかわからないまま、当てもなく探しにいきます。手ぶらで帰ってくることもあれば、両手いっぱいの収穫と共に帰ってくることもあります。そうやって徐々に地平が広がっていくのです。
著者のように「まったく新しい世界を経験」したくなるたびに、わたしは本を読んだ。年に一度くらいは旅に出ることもあったけれど、臆病なので「どこに何があるのかわからないまま、当てもなく探しに」いくという勇敢な旅人ではなかった。だから、臆病がらずに旅に出られる本が好きだった。本を開くときは、その中にどんな世界が広がっていようとへっちゃらだ。臆病なわたしが内面の地平を広げられるもっとも安全な方法が、読書だった。
※本記事は、3月5日発売予定『毎日読みます』の校正刷りから一部を抜粋した試し読み版です。実際に刊行される内容とは異なる部分がございます。
※※本書に登場する書籍の引用箇所については、原書が日本語の書籍のものは当該作品の本文をそのまま引用し、それ以外の国の書籍については、訳者があらたに訳出しています。また、作品タイトルについて、原則として邦訳が確認できたものはそれに従い、複数の表記がある場合は一つを選択しています。
プロフィール
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ファン・ボルム (황보름)
小説家、エッセイスト。大学でコンピューター工学を専攻し、LG電子にソフトウェア開発者として勤務した。
転職を繰り返しながらも、「毎日読み、書く人間」としてのアイデンティティーを保っている。
著書として、エッセイは『毎日読みます』(牧野美加訳、集英社)のほか、『生まれて初めてのキックボクシング』、『このくらいの距離がちょうどいい』がある(いずれも未邦訳)。
また、初の長篇小説『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』(牧野美加訳、集英社)が日本で2024年本屋大賞翻訳小説部門第1位を受賞した。
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牧野 美加 (まきの・みか)
1968年、大阪生まれ。釜慶大学言語教育院で韓国語を学んだ後、新聞記事や広報誌の翻訳に携わる。
第1回「日本語で読みたい韓国の本 翻訳コンクール」最優秀賞受賞。
ファン・ボルム『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』(集英社)のほか、チャン・リュジン『仕事の喜びと哀しみ』(クオン)、ジェヨン『書籍修繕という仕事:刻まれた記憶、思い出、物語の守り手として生きる』(原書房)、キム・ウォニョンほか『日常の言葉たち:似ているようで違うわたしたちの物語の幕を開ける16の単語』(葉々社)、イ・ジュヘ『その猫の名前は長い』(里山社)など訳書多数。
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