
内容紹介
コールセンターで派遣社員として働く関本環。両親はともに高校教師で、環は幼いころから厳格な父親の教えに従い生きてきて、38歳になった現在も夜9時の門限を守っている。そんな環とは対照的に、両親に反発し自由奔放な妹の由梨は、離婚した夫との間に公彦という男児がおり、実家に戻ってパートとバイトを掛け持ちしながら暮らしている。環はそんな妹に代わり、公彦の世話をしているうち、居なくてはならないかけがえのない存在になっていた。そんな時、由梨は両親と決別し、実家を出てマンションで暮らし始める。公彦の様子が気になり、両親が寝静まった後、毎夜のように妹のマンションを見に行く環だったが、由梨が公彦を置いて男と出かけ行くのを目撃してしまう。心配の果てに、環は以前父が放った「ある言葉」に突き動かされ、突発的な行動に出てしまい――。
家族というコミュニティーが抱える闇を露わにした問題作。
プロフィール
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中西 智佐乃 (なかにし・ちさの)
1985年、大阪府生まれ。大阪府在住。同志社大学文学部卒業。2019年「尾を喰う蛇」で第51回新潮新人賞を受賞。著書に『狭間の者たちへ』がある。本書が二冊目の単行本となる。
書評
家族という心の檻から出る
高頭佐和子
「逃げればいい」と、主人公に対して何度も言いたくなった。だが、力を奪われて動けないのだ。息ができなくなっていることに、気がつけないのだ。かき消されてしまうような小さい悲鳴を、著者は耳をすまして聞き取るように、丁寧に書く。読んでいると、その苦しみが痛いほどに伝わってきて、私は言葉を失う。
コールセンターで働く派遣社員の環は、高校教師の両親と暮らしている。妹・由梨は、親の反対に逆らって結婚し、息子の公彦を産んだが、離婚して実家に戻ってきた。顧客に怒鳴られ続ける日々の中、甥の存在は救いだったが、由梨と一緒に家を出ていった。
奔放な妹と違い、環は親の言う通りに生きてきた。三十代半ばを過ぎた今も、給料は両親に渡し小遣いをもらっている。子どもの頃、従わないと父は環を無視し、そこにいないかのように踏みつけられた。同級生たちのように遊びや旅行にいくことも許されなかった。父の言いつけは、母を通じて伝えられるので逃げ場はない。言われるままに幼稚園教諭になったが、うまくやれず病気になった。
妹は、公彦を置いて夜に男の人と会っている。母は、結婚も出産もせず、幼稚園教諭に戻ることもしない環を責め、妹のようにデキ婚でもすればよかったのだという。言う通りに生きてきたのに認めてもらえず、自分がどうしたいのかもわからず、心身は綻びていく。父の言葉がきっかけとなって、環はある行動を起こしてしまう。
環が幼い頃から、母が言うことを聞かせようとする時にするという「頑張るの顔」が印象的だ。目を見開いて唇を横に伸ばすその表情は、体を押さえつけられる痛みの記憶とともに、大人になった環の心も縛っている。誰かに心配された時には、環自身も「頑張るの顔」をしてみせてしまうのだ。
家族は、安らげる居場所であるはずだが、心を閉じ込める檻にもなるものだ。固く閉められた鍵を開けてそこから出ていくことが、環にできるだろうか。少しずつ光が射してくるラストに、希望が見えている。
たかとう・さわこ●書店員
「青春と読書」2025年5月号転載
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