『キミコのよろよろ養生日記』刊行記念インタビュー 北大路公子「大病からの復活を綴る」

乳がん治療ですっかり失われてしまった北大路さんの体力・筋力・気力。
史上最大に弱ったよろよろの身体は、日常生活を送るだけでもう精一杯。
しかし、再発予防には運動が大事とのことから、体育会系担当編集者の叱咤激励によって、いやいや運動を始めることに……。
万歩計をお供にまずは毎朝の散歩から、そして縄跳び、室内でのフィットネスバイク、さらにはスポーツジム体験までこなし、極め付きは、二度とやらないと誓ったはずの藻岩山登山にいやいやチャレンジ!
ラジオ体操すらままならなかった日から、少しずつ、ほんの少しずつ変わっていった身体は、気付けばもとの力を取り戻しつつあった――。
そんな笑いと勇気をくれる傑作養生エッセイが、コロナ禍を経て、待望の書籍化!
担当編集者を交えたリモートインタビューで、北大路さんに養生の日々を振り返ってもらった。
構成/吉田伸子 イラスト/丹下京子
思いもよらぬ副作用
――前作『お墓、どうしてます? キミコの巣ごもりぐるぐる日記』から二年、ファンにとっては待ってました! の新刊です。
北大路 ありがとうございます。
――今作では、乳がんを患った北大路さんが手術と化学療法を終えて、そこから回復していく日々が描かれています。
北大路 治療前、自分には化学療法の副作用は出ないと勝手に思っていたんですよ。なんかいけそうかも、と。実際、ほとんど副作用が出ない人もいるみたいで、仕事は続ければいいし、特に何の制限もないですよと担当医師からも言われていたんです。
――しかし実際には、なんかいけそうどころか、「そこそこ強く出るタイプ」だった。
北大路 そうなんです。吐き気がなかったのは幸いだったんですが、それ以外の副作用は満遍なく出た感じでした。自分の身体が、今まで経験したことがないような状態になっていたので、そこからどんなふうに回復していくのか、その過程を記録できたらいいなという思いが、この「養生日記」につながりました。
――副作用というのは薬を投与してすぐに出るものだと思っていたのですが、化学療法を終えた後にも出るんだということを日記を読んで知りました。
北大路 症状が現れる時期はさまざまのようです。私は四か月ぐらいかけて二〇二二年の二月に化学療法を終えたんですが、その後も体内に蓄積された薬が抜けきるまでに副作用がかなり出ました。湿疹や関節痛は最初に説明されていたほどでもないなあと思っていたら、化学療法の終わりかけの頃から一気にきましたね。湿疹はあまりにひどいと薬を出してくれましたが、関節痛については、まあ、しょうがないですね、みたいな感じでした。私は特に味覚障害が強く出てしまったんですが、吐き気を抑える薬はすごく進化しているのに、味覚障害に関してはあまり対処する方法がないようで。脱毛もそうです。
――本書にもありますが、味覚障害や脱毛は命にかかわることではないからだと。
北大路 そうなんでしょうね。「味覚障害には亜鉛がいいと言うけど、副作用の場合はあんまり効かないんだよね」と医師が言うので、だったらいいや、と諦めました。あの時期はみかんとアイスにすごく助けられましたね。
――みかんもアイスも北大路さんの好物というわけではなかったですよね?
北大路 酸っぱいのが苦手でみかんはそれほど好きじゃないし、アイスもほとんど食べていませんでした。ただ私の場合、一番強い薬を使いますと言われていて、投薬のサイクルも二週間に一度。三週間に一度でもよかったのですが、短いサイクルで叩いた方が効果的とのことで、そのせいもあって副作用が強く出たのかもしれない。同じ薬を使っていても、副作用が少ない人もいるし、普通に仕事をしている人もいる。個人差が大きいみたいで、化学療法は実際にやってみないとわからないんですよね。
――医師からすれば、病気を治すことが最優先になるので、副作用にはある程度目をつむることになってしまうのかも。
北大路 そうですね。かといって、副作用のつらさをあんまり強く訴えると、それなら投薬の間隔を延ばしましょうか、ということになるんです。投薬の回数は決まっているので、間を空けちゃうと、それだけ治療が終わるのが遅くなってしまう。
――つらいことが後回しになるだけなんですね。
北大路 本書にも書きましたが、発熱が続いたりして一度だけ延ばしたことがありました。でも、基本的には早く終わらせたいし、血液検査も問題なかったので、延ばしたのはその一度だけですね。最後の点滴が終わった時は、一人で喜びを噛み締めました。後日、点滴用のポート(薬剤を投与するために皮膚の下に埋め込むカテーテルの一種)抜去の時、先生が「抜いたポート、見ますか?」と訊くので、張り切って「見ます!」と答えたら、「えっ!?」って驚かれました(笑)。
――自分で訊いておきながら(笑)。
北大路 「見るって言う人、珍しいですよ」って。でも、ポートに向かって、「お世話になりましたが、できればもう二度とお世話になりたくないです」とポロッと言ったら、先生が「大丈夫ですよ。なりませんよ」と励ましてくれて、なんていい人! と思いました。
養生は続くよどこまでも
――そこから再発予防のために運動を始めるわけですが、本書を読んだ人の多くが、「あの北大路さんがウォーキングしてる!?」と驚くのではと(笑)。
北大路 以前は徒歩五分のコンビニにも車で行くような生活でしたからね。副作用の一つに「筋力低下」というのがあるんですが、私も筋肉が落ちて、おばあちゃんの足のようにふにょふにょになってしまって。しかも、ちょっと動くだけで息切れがする。基本的に身体が重くてだるいので、動きたくないんですよ。
――最初は自分の体重が4トンくらいに感じた、と書かれていましたね。
北大路 本当にそんな体感でした。でも、身体を動かすことで予後がよくなるというエビデンスがあるので、なんとか頑張ろうと思いました。今は、自分でも驚くレベルで歩いています。歩くのがそんなに苦じゃなくなったんですよ。
一同 えぇぇぇっ!?
北大路 二十分歩いてスーパーに行くし、病院にも三、四十分かけて歩いて行っています。
一同 ええええぇぇぇぇぇっ!?
北大路 こないだは四十分歩いて飲みに行きました。帰りはさすがに無理ですが。
――ラジオ体操すらままならなかったのに……。担当S氏(以下、S氏)から贈られた、あえて不安定になるように設計された「マサイの靴」も履いているんですか。
北大路 長距離は歩きませんが、近くのスーパーに行く時とかは履いています。
――私も試し履きしたことがあるんですが、真っ直ぐ立つだけでぐらつきました。
北大路 あれ、慣れると意外にイケますよ。ふくらはぎが鍛えられるんです。
――「マサイの靴」を履きこなしている!
北大路 頑張りました。縄跳びも一回中断した後、最近また復活しました。連続で100~120回くらいは跳んでるかな。1セットやった後、ちょっと休んでから、また同じ回数を跳びます。みんなもやったほうがいいですよ。
――北大路さんの口からそんなセリフが……。かつての姿を知る身からすると、もはや偽キミコ感すらあります。失われてしまった筋力を取り戻すどころか、以前よりパワーアップしているのでは?
北大路 でも、とにかく陽気で明るい人々がつどう「光の国」のジムは挫折しました。
――あの「光の国」の体験レッスンで、現在の運動の満足度に10段階で7に丸をつけたことを詰められたシーンは大爆笑でした。実は私も「光の国」の民草なので、その光景がリアルに浮かんでしまって(笑)。
北大路 私は結局入会しませんでしたが、あそこって、全国どこの店舗でもあんな感じなんですかね。妹はしばらく続けていましたが、母親が亡くなったりして行けない期間が続くうちに退会したんじゃないかな。
――お母様の話が出ましたが、「光の国」のエピソードで爆笑した後、第13回「長い言い訳」では思わずホロリでした。この間の日記がないのは、お母様が亡くなられて、運動どころではなかったからなんですね。
北大路 そうですね。身体障害者認定の手続きが終わったばかりのタイミングで、急でしたね。自宅介護に備えて、通院に使う車のガソリン代の補助とか、介護用品のレンタルとか、諸々申請していたのですが、あまり使うこともありませんでした。もう少し保ってくれるかな、と思っていたんですけど。
――「最後であることだけが確定しているのも変なものだと感じながら、大好きな毛ガニは母以上にバクバク食べた。振る舞うのが好きな母に勧められて、いつものようにビールも飲んだ。(略)そして、それが案の定、母と過ごした最後の正月となった」私、ここでぶわあぁって泣きました。淡々と書かれているからこそ、余計に胸に沁みて。
北大路 ありがとうございます。カニはいついかなる時でも美味しいなぁ、って思いながら食べてたんですけどね(笑)。

いやよ旅、復活!?
――今作は、第1回から第18回までは文字通り「養生」の日々をメインに書かれていますが、以降は「いやよ旅、再び」編になっていて、これが爆笑につぐ爆笑でした。
北大路 そんなつもりはまったくなかったんですが、藻岩山登山が本当に大変だったので。
――かつての担当・元祖K嬢(以下、K嬢)に連れ回されて全国を旅した『いやよいやよも旅のうち』に匹敵する読み応えでした。
北大路 たぶん、登山への恨みがあの長さになったんだと思います。書きながら、全然終わらない! と思っていました。結果、六回分になってしまったという。
――さっき、現担当のS氏が「藻岩山、ナメてました」って告白していましたよ。
北大路 あんなに何度も何度も、藻岩山は標高2000メートルあるって言ったのに!
――実際には531メートルですが(笑)。
北大路 いや、体感としては間違いなく2000メートルなんですよ! メンバー唯一の藻岩山登山経験者である私の忠告を聞かないから!
K嬢 あれはきっと、気温的なこともあったんだと思います……。
北大路 K嬢の全身からは異様なまでの汗が滴っていましたからね。
S氏 九月の札幌だというのに、暑すぎたんですよ。
北大路 確かに九月としては異常でした。天気が良かったのはいいんですけどね。でも、まさかあんなにK嬢から汗が噴き出すとは。あれは間違いなく摂取した以上の水分を放出していた。
――気軽に登っていい山ではなかったと。
北大路 軽やかに登って、軽やかに下りてくる人たちもいましたが、あれは登山とかトレッキングが趣味の人たちなんだと思います。一般人にとっては間違いなく2000メートル級の山です。
S氏 高尾山のイメージで登ったら痛い目に遭いました。
――標高はそれほど変わりませんね。高尾山は599メートルです。
S氏 藻岩山はとにかく傾斜がキツかったんです。高尾山の登山道はわりと平坦ですが、藻岩山は……。
北大路 ごつごつした岩の階段とか木の根のトラップが続きましたもんね。
K嬢 でも私たちが登ったあのルート、初心者向けだったはずですよね。
北大路 そうです。中学校の遠足の時も、あのルートで登りました。地蔵、じゃなかった、観音像があるルートです。
――地蔵と観音像って見た目も結構違いますよね。
北大路 地蔵と観音像を間違えるくらい本当につらかったんですよ。でも、それを言うなら、K嬢はずっと太腿と二の腕を間違えていましたからね。
S氏 汗は出るけどなぜか太腿が冷たいって登山中ずっと言い続けて、最後になって「あ、太腿じゃなくて二の腕でした」って。あれは本当に怖かった。
K嬢 暑さと疲労でどうかしてたんですよ……。すみません、私も藻岩山を完全にナメてました。
S氏 とはいえ、北大路さんもあれだけ文句を言い続けていたわりに、案外気軽に登ろうとしていましたよね? お水も持たずに山に入ろうとしてましたし。
――K嬢が登山口にある老人ホームにひとっ走りして、自販機の水を買わせてもらったと書かれていましたが。
北大路 何の躊躇もなく老人ホームに乗り込むK嬢はかっこよかったです!
――ようやく藻岩山をクリアした後の、ホテルでのくだりも笑いました。スタッフに北大路さんがS氏とK嬢の母親だと勘違いされてしまうという。
北大路 ちゃんと関係性を聞いてから話しかければいいものを……。
――しかも、親子じゃないって訂正してるのに、何度も「お母様」と言ってくる(笑)。
北大路 藻岩山の標高もそうですが、みんな、人の話を聞かないんだな、ということがよくわかりました。
――いやよ旅」は翌日も続いたんですよね。登山の後にはカヌーが待っていた。
北大路 山を登った後、川を下ったんですよ。まったく何をやってるんだか。よほど嫌だったんだと思いますが、「いやよ旅、再び」では私、ぼやかせたら日本一みたいになっています。
S氏 恐ろしいほど筆が乗っていましたよね……。でも、藻岩山では僕やK嬢の先を歩くほどの健脚ぶりでしたし、頂上に着くやいなや一目散にビールを買いに行かれていました(笑)。
北大路 いや、ビールは大事だから!
――コンビニでもビールの6缶パックを買っていましたよね。
K嬢 あれには驚きました。気がついたらしれっとした顔して6缶パックを手に抱えていらっしゃいましたから。
北大路 だって、飲むでしょ。
K嬢 これまでの「いやよ旅」ではなかったことです。
――そんなところまで以前よりパワーアップしてる(笑)。とはいえ、自宅の階段を上るのでさえひと苦労だった北大路さんが、藻岩山を登頂するなんてすごい。前半で書かれている養生の日々を読んでいるからなおのこと、ここまで回復されたことが読者としてとても嬉しかったです。
北大路 やっぱり子どものころに、忍者の修行をしていたのが良かったのかもしれない。
――忍者修行についても書かれてましたが、たぶん違うと思います(笑)。
北大路 培ってきたものが、今、花開いたんじゃないですかね。遅咲きなんですよ、きっと。
――じゃあ、藻岩山の次は富士山ですね。
北大路 絶対に嫌!
「小説すばる」2025年2月号転載
プロフィール
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北大路 公子 (きたおおじ・きみこ)
北海道札幌市生まれ。2005年『枕もとに靴 ああ無情の泥酔日記』でデビュー。各紙誌でエッセイや書評を執筆。
エッセイに『生きていてもいいかしら日記』『苦手図鑑』『石の裏にも三年 キミコのダンゴ虫的日常』『晴れても雪でも キミコのダンゴ虫的日常』『ロスねこ日記』『いやよいやよも旅のうち』『お墓、どうしてます?』、小説に『ハッピーライフ』など著書多数。
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