インタビュー

名取佐和子

名取佐和子「心が広くなるような物語を」

書評

心の扉を開く物語

瀧井朝世

 海辺にある街の高台に建つ、築四十年は過ぎた小規模マンション。その建物は細長く、正面に潜水艦のような丸窓が並んでおり、屋上の給水タンクはフクロウに見立ててペイントされている。名取佐和子の新作『ふくろうハイムの扉をひらけば』は、そんな総戸数六世帯の集合住宅が舞台だ。
 椚くぬぎ央おう次じ郎ろうはある理由で大学を辞め、住宅管理会社で巡回型管理員のアルバイトをしている。二か月前から担当物件に〈ふくろうハイム〉が加わった。
 最初に打ちとけたのは202号室の上田千ち依よりだ。先月引越してきたという年齢不詳(でも明らかに年長者)の彼女は人懐こく、央次郎や住人たちに興味津々の様子。「管理人補佐に立候補します」と言い、央次郎が対応するハイムの謎やトラブルに首を突っ込む。といっても迷惑というわけではなく、人付き合いが苦手な央次郎と住人たちの架け橋になってくれる存在だ。さらに彼女はクリスマスやバレンタインのイベントを企画し、住人同士の交流をはかっていく。
 央次郎には吃音きつおんがある。彼が大学を辞めたのも、それを理由に教授から教師になる夢を否定されたからだ。愛読書は沢木耕太郎の『深夜特急』だが、自分はこの狭い街から出ていくことはないと感じている。そして、シングルマザーや男性カップル、父親捜しをする姉妹やなかなか姿を見せない女性など、それぞれなにかしらわだかまりを抱く住人たちも、互いとの交流を通して変化を迎えていく。
 央次郎の住む世界は狭い。でも、そこにはさまざまな人生模様が詰まっている。それを知ることができたのは、住居それぞれの扉、そしてそこに住む人々の心の扉が開かれたからだ。そして央次郎の心のなかにある、広い世界に向けた扉も少しずつ開かれていく。
 読み終えて、心の扉を開く鍵は、自分の弱さと向き合うことだなと思った。大切なことに気づかせてくれる、優しい物語だ。

「青春と読書」2026年11月号転載