内容紹介
大学を中退し、マンション管理員のアルバイトをはじめた央次郎は、海に近い高台に建つ、総戸数わずか6戸、築古の個性的なマンション「ふくろうハイム」の担当になる。
央次郎にはある悩みがあり、極力、住人と顔を合わせないようにしていたが、『小さなスプーンおばさん』にそっくりな202号室に住む上田千依から声をかけられる。管理人補佐に立候補してきた千依とともに、"〈ふくろうハイム〉に女の幽霊が出る"という噂の真相を探り始めるが……。
やがて、千依のおせっかいで、央次郎と他の部屋の住人との間でも少しずつ交流が始まっていく。201号室に住む高齢の父と息子、302号室に住む母を亡くしたばかりの双子の姉妹、301号室に住む同性カップル、401号室に住む謎の女性、402号室に住むシングルマザーと三きょうだい。
扉の向こうに広がっていた、それぞれの家庭の事情、それぞれが抱えて生きてきた傷に触れた央次郎の心にも変化の兆しが……。「金曜日の本屋さん」シリーズ&『銀河の図書室』著者が贈る、"もう一度、人生を愛したくなる"ハートウォーミング・ストーリー!
プロフィール
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名取 佐和子 (なとり・さわこ)
兵庫県生まれ。ゲーム会社でシナリオライターとして勤務後、独立。
2010 年、『交番の夜』で作家デビュー。
15 年、『ペンギン鉄道なくしもの係』で第 5 回エキナカ書店大賞受賞。
23 年、『図書室のはこぶね』が各地の司書が選ぶ「イチオシ本」選定。
25 年、『銀河の図書室』で第 35 回宮沢賢治賞奨励賞受賞。
「金曜日の本屋さん」シリーズ、『逃がし屋トナカイ』『江の島ねこもり食堂』
『ひねもすなむなむ』『文庫旅館で待つ本は』など著書多数。
インタビュー

名取佐和子「心が広くなるような物語を」
書評
心の扉を開く物語
瀧井朝世
海辺にある街の高台に建つ、築四十年は過ぎた小規模マンション。その建物は細長く、正面に潜水艦のような丸窓が並んでおり、屋上の給水タンクはフクロウに見立ててペイントされている。名取佐和子の新作『ふくろうハイムの扉をひらけば』は、そんな総戸数六世帯の集合住宅が舞台だ。
椚央次郎はある理由で大学を辞め、住宅管理会社で巡回型管理員のアルバイトをしている。二か月前から担当物件に〈ふくろうハイム〉が加わった。
最初に打ちとけたのは202号室の上田千依だ。先月引越してきたという年齢不詳(でも明らかに年長者)の彼女は人懐こく、央次郎や住人たちに興味津々の様子。「管理人補佐に立候補します」と言い、央次郎が対応するハイムの謎やトラブルに首を突っ込む。といっても迷惑というわけではなく、人付き合いが苦手な央次郎と住人たちの架け橋になってくれる存在だ。さらに彼女はクリスマスやバレンタインのイベントを企画し、住人同士の交流をはかっていく。
央次郎には吃音がある。彼が大学を辞めたのも、それを理由に教授から教師になる夢を否定されたからだ。愛読書は沢木耕太郎の『深夜特急』だが、自分はこの狭い街から出ていくことはないと感じている。そして、シングルマザーや男性カップル、父親捜しをする姉妹やなかなか姿を見せない女性など、それぞれなにかしらわだかまりを抱く住人たちも、互いとの交流を通して変化を迎えていく。
央次郎の住む世界は狭い。でも、そこにはさまざまな人生模様が詰まっている。それを知ることができたのは、住居それぞれの扉、そしてそこに住む人々の心の扉が開かれたからだ。そして央次郎の心のなかにある、広い世界に向けた扉も少しずつ開かれていく。
読み終えて、心の扉を開く鍵は、自分の弱さと向き合うことだなと思った。大切なことに気づかせてくれる、優しい物語だ。
「青春と読書」2026年11月号転載
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